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がんについて

2026/9/1

免疫チェックポイント阻害剤が効きにくい場合があるのはなぜか?
〜その1〜

by Masatoshi Muraoka

免疫チェックポイント阻害剤(以下ICI)という薬があります(がんについて⑤参照)。

私たちの体には、がん細胞を攻撃するキラーT 細胞という免疫細胞があります。ICIは、このキラーT 細胞ががんを攻撃しやすくする薬です。リンパ節ではキラーT 細胞を増やし、さらにがんの中では、がん細胞がかけていた「ブレーキ」を外して、キラーT 細胞が再び働けるようにします。
しかし、ICI を使っても、すべての患者さんでがんが⼩さくなるわけではありません。

では、なぜ ICI が効かないことがあるのでしょうか?

⼤きく分けると、主に 3 つの理由が考えられます。

  • がんを⾒つけ強く攻撃できるキラーT 細胞が少ない。
  • キラーT細胞ががんのところまでたどり着けない。
  • がんの中でキラーT 細胞の働きが弱められてしまう。

今回は、このうち最初の「がんを⾒つけ強く攻撃できるキラーT 細胞が少ない。」という問題について説明します。

ICI によって数を増やし、ブレーキをはずして攻撃⼒を増しても、もともと数が少なかったり、がんを認識して強く攻撃できる T 細胞が少なかったりすれば、限界があります。

ではどのようながんの場合、「がんを⾒つけ強く攻撃できるキラーT 細胞が少ない」状況になってしまうのでしょうか?

結論から先にいうと、現在、がんに多くの種類の遺伝⼦の傷があるほど、がんを強く攻撃できるキラーT 細胞が多く存在する可能性が⾼くなると考えられています。

それは何故なのか現在考えられていることを説明します。

がんを⾒つけ強く攻撃できる能⼒をもったキラーT 細胞」になるために必要なものはいくつかありますが、その中で重要なものの⼀つにがんをみつけるための⽬印があります。ではこの⽬印とはどういうものでしょうか。

がんがあると正常細胞にはない「⽬印」ができる。

がんは、遺伝⼦に傷がつくことで⽣まれます。

遺伝⼦は、タンパク質を作るための設計図です。遺伝⼦に傷がつくと、その設計図から作られるタンパク質も多くが変化します。そして、その変化したタンパク質の⼀部は、正常な細胞にはない、がん特有の特徴になります。

がん細胞が壊れると、このようながん特有のタンパク質が周囲に放出されます(図1A)。すると、樹状細胞という免疫細胞がそれを取り込み、細かく分解します(図1B、図2A)。そして、その⼀部を「⽬印」として細胞の表⾯に提⽰します(図1C)。

キラーT 細胞は、この⽬印を⾃分の表⾯にある「センサー」で⾒つけます(図1C 下図)。

⽬印を認識できたキラーT 細胞は、数を増やし、がん細胞を攻撃する能⼒を⾝につけます。そして、その後に同じ⽬印を持つがん細胞を⾒つけると、攻撃することができます。がん細胞も樹状細胞と同様にがん特有のタンパク質を分解し細胞表⾯に出しています(図1A 下図)。

図1
図1:キラーT細胞が⽬印を認識して、がん細胞を攻撃できるようになる流れ
  • A がん細胞のうち⼀部は壊れてタンパク質を放出する。そのなかにはがん特有のタンパク質も含まれる。放出されたタンパク質を樹状細胞が取り込む。
  • B 樹状細胞は取り込んだタンパク質を細胞内で細かく分解する。
  • C 分解されたタンパク質の⼀部は細胞表⾯に出る。この中にはがん特有のタンパク質の断⽚も含まれる。このがん特有の断⽚がキラーT 細胞への⽬印となる。キラーT 細胞はその⽬印をセンサーで⾒つける(C 下図)。⽬印を認識できたキラーT 細胞は、数を増やし、がん細胞を攻撃する能⼒を⾝につける※。
  • A 下図 同じ⽬印を持つがん細胞を⾒つけると、キラーT 細胞はがん細胞を攻撃する。がん細胞も、樹状細胞と同様に、がん特有のタンパク質を分解し、その断⽚を細胞表⾯に出している。
  • キラーT 細胞が攻撃できるようになるためにもう⼀つ重要な因⼦がありますが、ここでは省略します(興味がある⽅はがんについて⑤を参照してください)。

ところが、すべてが「⽬印」として使えるわけではない。

ここで重要なことは、遺伝⼦が傷ついて正常な細胞にないタンパク質の断⽚ができたとしても、そのすべてががん攻撃の⽬印に使えるわけではないということです。
なぜでしょうか?

その理由を理解するには、キラーT 細胞がどのように「がんの⽬印」を⾒つけているのかをもう少し詳しく⾒る必要があります。

まず、がん細胞の中で作られたタンパク質は、⼀部が⼩さな断⽚に分解されます(図 2A)。樹状細胞ががん細胞の放出したタンパク質を飲み込んだ場合も同様です。
ただし、その断⽚は、そのまま細胞表⾯に出てくるわけではありません。

細胞の中には、タンパク質の断⽚を載せる「お⽫」のような分⼦があります(図2B)。このお⽫とタンパク質断⽚がセットになって、細胞表⾯に出てきます(図2C)。

ところが、このお⽫には何でも載せられるわけではありません。
お⽫の形に合うタンパク質断⽚だけが載ることができます(図 2C)。

つまり、樹状細胞やがん細胞の中で作られたタンパク質の断⽚のすべてが、キラ ーT 細胞に⾒せる「⽬印」になれるわけではありません。

これが、最初の選別です。

図2
図2:がんの⽬印が細胞表⾯にでるためのしくみ
  • A 樹状細胞に取りこまれたタンパク質は分解され、断⽚になる。がん細胞は⾃分でつくったタンパク質を分解し断⽚にする。
  • B 細胞内にはタンパク質の断⽚を載せるお⽫がある。
  • C お⽫の形にぴったり合ったタンパク質の断⽚だけが、細胞表⾯に運ばれる。

さらに、キラーT細胞にも⽬印に対する相性がある。

さらにまだもう⼀つの条件があります。

細胞表⾯に出てきた⽬印を、キラーT細胞が認識できるかどうかです。

キラーT 細胞の表⾯には、⽬印を⾒つけるための「センサー」があります。この「センサー」は正常なタンパク質の断⽚にはほとんど反応しません。そしてがん特有の断⽚すなわち「⽬印」に反応します。

このセンサーはキラーT 細胞ごとに少しずつ形が違います(図3A)。そのため、ある⽬印を認識できるキラーT 細胞もいれば、認識できないキラーT 細胞もいます。

つまり、私たちの体には、それぞれ違った⽬印を認識できる、⾮常に多くの種類のキラーT 細胞が存在しています。

これをイメージするには、「鍵と鍵⽳」を考えるとわかりやすいでしょう。

がんの⽬印が「鍵」、キラーT 細胞のセンサーが「鍵⽳」です。
鍵と鍵⽳の形が合えば、キラーT 細胞はその⽬印を認識できます。

樹状細胞が提⽰した⽬印を認識すると、そのキラーT 細胞は増え、がん細胞を攻撃する能⼒を⾝につけます。その後、同じ⽬印を持つがん細胞を⾒つけると、攻撃することができます(図3B, C, D)。

ただし、鍵と鍵⽳は「合うか、合わないか」の⼆択ではありません。

ぴったり合う場合もあれば、少しゆるく合う場合もあります(図3B, C)。

そして、鍵と鍵⽳がしっかり合うほど、キラーT 細胞は強く反応します。

しかし、⾮常に多くの種類のキラーT 細胞があるといっても、がんの⽬印(鍵)にぴったり合ったセンサー(鍵⽳)をもったキラーT 細胞が存在するとは限りません。

これが⼆つ⽬の選別です。

図3
図3:がんの⽬印とキラーT細胞のセンサーの関係
  • A キラーT細胞には、様々なセンサー(鍵⽳)をもつ多くの種類がある。
  • B がんの⽬印(鍵)にキラーT 細胞のセンサー(鍵⽳)がぴったりはまった場合、そのキラーT 細胞は、がんに対する強い攻撃⼒をもつようになる。
  • C がんの⽬印(鍵)にキラーT 細胞のセンサー(鍵⽳)がゆるくはまった場合、ぴっったりはまった場合に⽐べてその攻撃⼒は弱くなる。
  • D がんの⽬印(鍵)にキラーT 細胞のセンサー(鍵⽳)がまったくはまらなかった場合、そのキラーT 細胞はがんを攻撃することができない。

ICIが効果を発揮するには?

このようにキラーT細胞ががんを強く攻撃するためには

① がん細胞や樹状細胞がキラーT細胞に目印を見せることができること
そして、

② その目印をしっかり認識できるキラーT細胞が存在すること
が重要だとわかります。

がんに遺伝子の傷が多いほど、さまざまなタンパク質が作られ、その中からキラーT細胞に見せることのできる目印が生まれる可能性も高くなります。

また、みせることのできる目印が多いほど、その目印と相性のいいキラーT細胞が存在する確率もあがります。

すなわち、がんに多くの種類の遺伝子の傷があるほど、がんを強く攻撃できるキラーT細胞が多く存在する可能性が高くなると考えられます。ICIによりこのキラーT細胞を増やし、ブレーキをはずしてやればがんをより強く攻撃することができると考えられます。

実際に、遺伝子の傷が多いがんほどICIが効きやすい傾向があることが、多くの研究で示されています。