2025年、国内で最も売れた医薬品は、トピック②でも紹介したキイトルーダでした。キイトルーダは「免疫チェックポイント阻害剤」と呼ばれるがん治療薬の一つです。
このことからも分かるように、免疫チェックポイント阻害剤は現在のがん治療において重要な選択肢となっています。
しかし、「免疫チェックポイント」という言葉は聞き慣れず、何を意味しているのか分かりにくいかもしれません。
そこで今回は、免疫チェックポイントとは何か、そして免疫チェックポイント阻害剤がどのように働くのかを説明します。
私たちの体には、細菌やウイルスに感染した細胞や、体内で発生したがん細胞を排除する仕組みがあります。これを免疫といいます。
免疫の中心となるのは免疫細胞です。
体の中で感染細胞やがん細胞が発生すると、免疫細胞はそれらを攻撃して排除します。しかし、この攻撃が強すぎると問題が起こります。なぜなら、本来は攻撃してはいけない正常な細胞まで傷つけてしまうからです。
そこで体には、免疫細胞の働きを適切な範囲に保つための調節機構が備わっています。
このように免疫の働きを監視し、過剰な反応を抑える拠点のことを「免疫チェックポイント」と呼びます。また、この拠点に関わっている分子を「免疫チェックポイント分子」と呼びます。
現在では多くの免疫チェックポイント分子が見つかっています。
その中でも、実際にがん治療薬の標的となっている代表的な分子には、「CTLA-4」「PD-1」「PD-L1」の3つがあります。
キイトルーダは PD-1 を標的とする薬です。
がんに対する免疫での主役はキラーT 細胞です(がんについて③、がんについて④)。
「CTLA-4」「PD-1」「PD-L1」の3つの分子もキラーT 細胞の活性の制御に深くかかわっています。
ここから B7、CD28、CTLA-4、PD-1、PD-L1 という名前が出てきますが、「アクセル役」と「ブレーキ役」に分けて考えると理解しやすくなります。
キラーT 細胞は、その名の通り、がん細胞を直接攻撃する免疫細胞です(がんについて③)。
しかし、勝手に攻撃を始めるわけではありません。
まず、樹状細胞という免疫細胞が、壊れたがん細胞から出てきたタンパク質を取り込みます。そして、それを細かく分解した断片を細胞表面に提示します。キラーT 細胞はその断片の情報を読みとります。そしてその断片のもととなったタンパク質をもっている細胞を攻撃する態勢を整えます。
ただし、この情報だけを受け取るだけではキラーT 細胞は攻撃を開始しません。それに加えて、樹状細胞が活性化しているという情報を受け取る必要があります。活性化は「がんについて④」で書いたように樹状細胞が感染や細胞の破壊などが起きたときに出る「危険信号」を受けることによっておこります。
この活性化したときの樹状細胞が細胞表面に出すのが、B7 という分子です(図1A)
一方、キラーT 細胞は CD28 という分子を持っています。
B7 と CD28 が結合すると、キラーT 細胞は攻撃開始の指令を受け取り、がん細胞を攻撃できるようになります。
この B7-CD28 による信号は、キラーT 細胞にとって「アクセル」のような役割を果たしています(図1A)。
この樹状細胞の B7 とキラーT 細胞の CD28 が結びついてキラーT 細胞に活動開始の合図を送る働きは、主にリンパ節で行われます。
しかし、アクセルだけでは危険です。
がん細胞が壊れたときに放出されるタンパク質の中には、がん特有のものだけでなく正常な細胞由来のものも含まれています。
通常は、正常な組織を標的とするキラーT 細胞は働かないように制御されています。しかし、免疫反応が強くなりすぎると、制御がはずれて活性化されてしまう可能性があります。
その結果、自分自身の正常な組織を攻撃する自己免疫反応が起こることがあります。
そこで体は、キラーT 細胞が過剰に活性化しないようにブレーキを備えています。
このブレーキとして働くのが免疫チェックポイント分子です。
B7-CD28 による信号がアクセルなら、免疫チェックポイント分子による信号はブレーキです。
キラーT 細胞はアクセルとブレーキの両方によって調節されることで、必要なときに適切に働くことができるのです。
代表的な免疫チェックポイント分子が CTLA-4 と PD-1 です。
どちらもキラーT 細胞の表面に存在し、免疫反応を抑える働きをしています。
CTLA-4 は、CD28 と同じように樹状細胞の B7 と結合します。
しかし、働きは正反対です。
B7 と CD28 が結合すると攻撃開始の信号が送られますが(図1A)、B7 と CTLA-4 が結合すると「攻撃を弱めなさい」という信号が送られます(図1B)。
一方、PD-1 は PD-L1 という分子と結合します。
PD-L1 は樹状細胞だけでなく、多くのがん細胞の表面にも存在しています。
PD-1 と PD-L1 が結合すると、キラーT 細胞の働きは弱められます(図2A)。
つまり、
という関係になります。
CTLA-4 と PD-1 はどちらもキラーT 細胞の働きを抑えますが、役割や働く場面は完全に同じではありません。
本来、免疫はアクセルとブレーキのバランスによって適切に働いています(図1C、図2B)。
がんも初期にはこの免疫により排除されると考えられています。
しかし、大きくなってしまったがんにはその免疫をかいくぐるメカニズムが備わっています。
その一つが、免疫チェックポイントを利用してキラーT 細胞の攻撃を弱めることです。
例えば、前述のように PD-L1 は樹状細胞だけでなく、様々ながん細胞にも発現しています。がん細胞は PD-L1 を利用してキラーT 細胞の働きを弱め、免疫から逃れていると考えられています(図3A)。
そこで開発されたのが免疫チェックポイント阻害剤です。
現在、承認されている免疫チェックポイント阻害剤は CTLA-4、PD-1、PD-L1 に対する抗体です。これらの抗体は、それぞれの標的分子に結合することで、B7-CTLA-4(図1D)やPD-L1-PD-1(図2C、D、図3B)といった、免疫のブレーキとなる信号を生じさせる結合を阻害します。
がんに対する免疫チェックポイント阻害剤がどのように働くのか、その一例として PD−1 に対する抗体(抗 PD-1 抗体といいます)の場合を説明します。がん細胞が発現している PD-L1はキラーT 細胞の PD-1 と結合してキラーT 細胞の働きを弱めます(図3A)。抗 PD−1 抗体によってブレーキがはずれると、がん組織の中ではキラーT 細胞の働きが回復し、がん細胞をより強く攻撃できるようになります(図3B、C)。また、がんの近くにあるリンパ節では、新たなキラーT 細胞が増えていきます(図2C)。こうして増えたキラーT 細胞は血流にのってがん組織へ移動し、がんへの攻撃をさらに強めます(図3C)。このような仕組みによって、がん細胞を減少させることができます。実際にこれらの薬でがんを長期間抑えられる患者さんも現れるようになりました。
ただし、免疫のブレーキを外すということは、本来は制御されていた、正常な細胞を攻撃するキラーT 細胞まで活性化してしまう可能性があることを意味します。
これにより自己免疫疾患に似た症状が現れることがあるのです。
そのため、十分な抗がん効果を得ながら、副作用をできるだけ少なくする治療法を見つけることが、現在の重要な研究課題となっています。