ウイルスが宿主細胞の中で増殖するためには、宿主のタンパク質を横取りする必要があります。そのために、ウイルスは、宿主の因子の機能を改変し、自分の複製と増殖に利用しやすいように、変えてしまいます。今回、ヨーロッパと米国の国際協力研究チームは、SARS-CoV-2感染時の宿主因子の量やリン酸化のレベルの変化を、プロテオミクス解析*を用いて、網羅的に解析し、6/27発行のCell誌に報告しました(https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0092867420308114?via%3Dihub )。その結果、感染24時間以内に、タンパク質リン酸化**の大きな変化が起こることを発見しました。518個のヒトのキナーゼ***のうち、97個のキナーゼの活性が感染の後に変化しました。
特に、p38 mitogen-activated protein kinase (MAPK)とcasein kinase II (CK2)の活性化が見出されました。p38/MAPKの活性化は、感染後期に観察され、より感染が進行した状態を反映している可能性が示唆されました。p38/MAPK経路は、SARS-CoV-2感染によっても誘導される炎症性サイトカインの産生に関与することが知られています。
一方、CK2は Myosin IIaなどの細胞骨格タンパクをリン酸化することが知られていますが、免疫染色により、アクチンにより形成される、CK2を含むフィロポディア(糸状仮足)**** にウイルスタンパク質が共局在し、フィロポディアの先からウイルスが出芽する像が捉えられました。このようなアクチン骨格系と、SARS-CoV-2との相互作用は、細胞間のウイルスの伝搬に重要な役割を果たす可能性があります。CK2の活性化は、サイクリン依存性キナーゼの抑制とともに、細胞周期のS/G2期***** での停止を誘導し、ウイルスに十分なヌクレオチドの供給や必要なタンパク合成の機会を与える可能性もあります。
このようなウイルス感染時のリン酸化プロテオミクスの解析から、抗ウイルス剤の候補キナーゼを同定し、すでにFDAが認可している、あるいは、臨床治験中の薬剤(キナーゼ阻害剤)の抗ウイルス活性を測定しました。その結果CK2やp38の阻害化合物の中に、抗ウイルス活性を示すものを見出しています。これは“drug repositioning”という方法で、候補物質はすでに、体内安定性、安全性などがある程度担保されているため、迅速に臨床治験に移行できるという利点があります。
この研究は、European Molecular Biology Laboratory - European Bioinformatics Institute (EMBL-EBI), the QBI Coronavirus Research Group in the School of Pharmacy at UCSF, the Howard Hughes Medical Institute, the Institut Pasteur, and the Centre for Integrative Biological Signalling Studies of the University of Freiburgなどの研究機関の国際共同研究の成果です。