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2020/07/28

SARS-CoV-2が宿主の抗ウイルス免疫防御システムを阻害するメカニズムの解明

文責:正井久雄

ウイルスは、宿主に感染した後、自分自身の増殖を効率よく達成するために数々の戦略をその進化の過程で獲得しています。ウイルスは、多くの場合、宿主の増殖に必要なタンパク質を横取りして、自分自身の増殖のために使用します。この過程で、宿主の増殖を抑制し、ウイルスの増殖に特化するように細胞を変えてしまいます。また、ウイルスの増殖にとって、宿主の免疫排除システムを回避する戦略の獲得は大変重要です。新型コロナウイルス感染の原因ウイルスであるSARS-CoV-2では、Nsp1というタンパク質が、宿主細胞の増殖抑制に関わる機能を有することが知られていました(virulence factor; 毒性因子)。

7/17にScience誌に発表された最新の論文(https://science.sciencemag.org/content/early/2020/07/16/science.abc8665)によると、約3万塩基のSARS-CoV-2ゲノムにコードされる26種類のタンパク質の中の一つ、Nsp1が宿主の抗ウイルス自然免疫応答に必要なタンパク質の合成を特異的にシャットダウンすることにより、宿主の免疫防御システムを阻害することがわかりました。

変異体の作製と、クライオ電顕による解析から、Nsp1は、リボソーム40Sおよび80Sサブユニットの両者に結合し、そのC末領域を介して、mRNAの侵入部位(entry site)の内部に固く結合し、mRNAの結合を阻害し、翻訳開始を阻害することが明らかとなりました。さらに、著者らは、Nsp1はこの相互作用により、RIG-1*やISGs **の翻訳を強く阻害することを示しました。このように、SARS-CoV-2は、Nsp1のリボソーム結合を介して、宿主の自然免疫応答に必須な、RIG-I やISGsの発現を抑制し、免疫排除を回避するというシステムを有することが明らかとなりました。Nsp1を標的とした創薬は、SARS-CoV-2の免疫抑制を解除し、ウイルスの免疫排除を回復させることが期待されます。

一方、基礎研究の観点からは、“なぜ、一部の遺伝子の翻訳のみが特異的に阻害されるのか?”、“ウイルスにコードされる遺伝子の翻訳は阻害からどのようにして免れているのか?”など、まだ多くの未解決の問題が残ります。

SARS-CoV-2のゲノム構造の模式図

図. SARS-CoV-2のゲノム構造の模式図

約30,000塩基からなるSARS-CoV-2の一本鎖RNAゲノム上には26個の遺伝子がコードされる。それらは、大きく分けて非構造タンパク質と構造タンパク質に分類される。


  • * ウイルスが細胞内に進入した時にウイルス由来のRNAを認識し、抗ウイルス作用を示すI型インターフェロン産生の誘導を引き起こす因子
  • ** interferon-stimulated genes; インターフェロンにより誘導される遺伝子群