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2023/4/13

軽症の新型コロナウイルス感染症であれば、後遺症は1年以内に消失する!?

文責:橋本 款
図1.

新型コロナウイルス感染症(COVID -19)に罹患すると、回復後にも様々な症状が現れますが、後遺症(Long COVID)の病態メカニズムは、現時点ではっきりしておらず、治療法は確立されていません。WHO(世界保健機関)による後遺症の定義は、「COVID-19に罹患した人に少なくとも2カ月以上持続し、他の疾患による症状として説明がつかないもの(通常は、COVID-19の発症から3カ月経った時点にもみられる)」となっています。後遺症は、年齢や既往症、基礎疾患の有無、コロナ発症時の重症度、変異株の種類に関わらず、コロナに罹患した全ての方に起こる可能性があります。これまで、後遺症の頻度は約半数とする報告から、20~30%とするものもあり、より正確に把握するためには、大規模な症例数を用いて系統的な調査・解析を行なう必要がありました。この様な状況で、イスラエル・KI総合研究所のMizrahi博士らは、国家レベルで後ろ向きコホート研究を行い、COVID-19が軽症の患者では、いくつかの後遺症のリスクが高いが、それらの多くは診断から1年以内に解消されることを見出しました(図1)。今回は、その報告を報告した論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Barak Mizrahi et al, Long covid outcomes at one year after mild SARS-CoV-2 infection: nationwide cohort study, BMJ, 2023;380:e072529


【背景・目的】

一般にCOVID-19発症時の重症度によって、後遺症の発症のリスク及びその程度は変わると考えられているが、これまで、大規模な症例数を用いてこの仮説を証明した報告はない。本研究においては、軽症のCOVID-19患者では、比較的、短期間のうちに後遺症が解消される可能性について検討した。

【方法】

  • イスラエルの全国規模の健康保険組織;マッカビ医療サービス(Maccabi Healthcare Services)*1から得られた電子医療記録を解析した。対象は、2020年3月~2021年10月に、ポリメラーゼ連鎖反応法によるSARS-CoV-2検査を受けた会員191万3,234人であった。エビデンスに基づく70のlong COVIDアウトカムのリスクについて、年齢と性別で調整し、SARS-CoV-2変異株で層別化したうえで、未入院(したがって、重症化のない軽度なCOVID-19患者)のSARS-CoV-2感染者(29万9,870人、年齢中央値25歳、女性50.6%)と、条件をマッチさせた非感染者(29万9,870人、25歳、50.6%)を比較した。
  • リスクの評価には、感染初期(30~180日)および後期(180~360日)におけるハザード比(HR)と、1万人当たりのリスク差*2が用いられた。
  • 研究グループは、軽症SARS-CoV-2感染者における感染から1年間の後遺症による臨床的な罹患後症状の発現状況を明らかにし、年齢や性別、変異株、ワクチン接種状況との関連を評価する目的で、後ろ向きコホート研究を行った。

【結果】

  • 感染初期と後期の双方で、COVID-19感染との関連で後遺症のリスク増加が認められた。初期に比べて後期では減弱した。
    • 嗅覚/味覚障害
      初期 HR:4.59(95%CI:3.63~5.80)、リスク差:19.6(95%CI:16.9~22.4)
      後期 2.96(2.29~3.82)、11.0(8.5~13.6)
    • 呼吸困難
      初期 1.79(1.68~1.90)、85.7(76.9~94.5)
      後期 1.30(1.22~1.38)、35.4(26.3~44.6)
    • 衰弱
      初期 1.78(1.69~1.88)、108.5(98.4~118.6)
      後期 1.30(1.22~1.37)、50.2(39.4~61.1)
    • 動悸
      初期 1.49(1.35~1.64)、22.1(16.8~27.4)
      後期 1.16(1.05~1.27)、8.3(2.4~14.1)
  • 感染初期と後期の双方で、COVID-19感染との関連で後遺症のリスク増加が認められたが、初期と後期で変化は少なかった。
    • 認知障害
      初期 1.85(1.58~2.17)、12.8(9.6~16.1)
      後期 1.69(1.45~1.96)、13.3(9.4~17.3)
    • 眩暈
      初期 1.14(1.06~1.23)、11.4(4.7~18.1)
      後期 1.17(1.09~1.26)、16.7(8.6~24.8)
  • 感染初期にリスクが上昇し、後期に消失した後遺症は、呼吸器疾患(HR:2.4[95%CI:1.67~3.44]、リスク差:3.7[2.3~5.3])、抜け毛(1.75[1.59~1.93]、31.6[26.2~36.9])、胸痛(1.41[1.33~1.49]、56.3[47.0~65.7])、筋肉痛(1.24[1.15~1.35]、17.5[11.2~23.8])、咳嗽(1.09[1.04~1.14]、22.2[9.7~34.6])などであった。
  • 性差、年齢差;ワクチン未接種者の感染初期に、女性で抜け毛のリスクが高かった(女性のHR:2.09[95%CI:1.86~2.35]、男性のHR:0.9[0.80~1.17])。小児は成人に比べ初期の症状が少なく、後期にはほとんどが解消された。
  • SARS-CoV-2変異株の種類による、後遺症の発現状況の差はなかった。

【結論】

COVID-19感染症のパンデミックの当初からlong COVIDが心配されてきたが、軽症の経過をたどった患者の後遺症は、その多くが数カ月間残存したが、1年以内に消失した。これは、軽症例の大部分は重症化や長期的な慢性化には至らず、医療に加わる負担は大きくないと思われた。

用語の解説

*1. マッカビ医療サービス(Maccabi Healthcare Services)
イスラエルの健康維持機構には、Clalit、Maccabi、Meuhedet、Leumitという4つの非政府・非営利の組織があり、法律で定められた医療サービスを提供する。Maccabiは、250万人の会員へサービスを提供している。国民は各組織の提供するサービス内容の充実度や、自分の居住区の近くに医療機関があるかどうか、等を考慮しながら、どれか1つに加入することになる。
*2. リスク差
疫学における指標の1つで、一般的には「寄与危険度」として利用される。寄与危険度(寄与リスク,絶対リスク)は、暴露群と非暴露群の疾病の頻度の差であり、主に閉じたコホート研究で用いられる。

今回の論文のポイント

  • 本研究結果によれば、COVID-19の後遺症は、軽症であれば数カ月〜1年以内に消失するので、多くの場合、過剰に心配する必要は無さそうです。
  • しかしながら、後遺症の種類は多彩で、さらに、長期間、経過観察する必要があります。例えば、認知障害は、よく知られた後遺症の一つですが、数年後、あるいは、それ以降にアルツハイマー病へ進行する可能性もあります。実際、本研究結果においても、認知障害は、前期(30~180日)と後期(180~360日)で差がありません(解消していません)。認知症の主症状の一つである眩暈は寧ろ増加しています。このように、後遺症は、ポストコロナにおいて、重要な問題になるかも知れません。

文献1
Barak Mizrahi et al, Long covid outcomes at one year after mild SARS-CoV-2 infection: nationwide cohort study, BMJ, 2023;380:e072529