新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2023/4/4

新型コロナ感染症の起源は武漢市場のタヌキか?

文責:橋本 款
図1.

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の起源を明らかにすることは、新型コロナ感染症(COVID-19)における重要な研究課題の一つです。これに関しては、武漢の市場において動物からヒトに感染したという’自然感染説’と武漢の研究所から漏洩したという’研究所漏洩説’の2つが有力です。先月お伝えしました様に、FBI(米連邦捜査局)や米エネルギー省が’研究所漏洩説’を支持したことで、この問題が注目されました(2023/3/14「FBI長官が新型コロナウイルスの起源に言及」を参照して下さい)。’研究所漏洩説’では、具体的な証拠は提示されませんでしたが、最近、中国の科学者らが一時的に「GISAID*1」に公開した2020年に武漢の「華南海鮮卸売市場」で採取された検体に基づくSARS-CoV-2感染拡大初期の遺伝子情報データをもとにして、国際的な研究者チームが分子遺伝学的解析を行なった結果、タヌキその他の動物が市場におり、SARS-CoV-2に感染した可能性が示されたことから、今度は、’自然感染説’が脚光を浴びるようになりました(図1)。これらの経緯は、ネイチャー誌のニュースに取り上げられましたので(文献1)、今回はそれを紹介致します。


文献1.
Smriti Mallapaty, COVID-origins study links raccoon dogs to Wuhan market: what scientists think, Nature, 615, 771-772 (2023)


COVID-19のパンデミックの起源について、武漢市の華南海鮮卸売市場市場で売られていたタヌキと関連していた可能性を示す遺伝子データが、国際的な研究チームにより確認され、今回の研究結果は自然由来説の信憑性を高めるものになった。

【研究所漏洩説】

SARS-CoV-2の起源をめぐっては、今年の2月には、米エネルギー省が、研究所から流出したと判断していると報じられ、論争が再燃した。ただ、米政府機関で研究所漏洩説を支持しているのはエネルギー省とFBIだけにとどまっており、国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)と疾病対策センター(CDC)、国家情報会議(NIC)、ほか4情報機関は、’自然感染説’を支持している。中国政府は研究所流出説に猛反発し、米国はパンデミックの起源を突き止める取り組みを政治化しているとまで非難している。

【遺伝子解析】

研究のもとになった生データは先週、中国疾病予防管理センター(CCDC)に所属する研究者らによって感染症の国際データベース「GISAID」に一時登録されたものである(「GISAID」に登録されたデータは3月11日時点でアクセスできなくなっている)。この遺伝子データはパンデミック初期に武漢市の「華南海鮮卸売市場」の敷地内や周辺で採取された検体(この標本は20年1月に閉鎖された武漢の市場の壁や床、かご、荷台の表面を綿棒でこすって採取された)から抽出されたメタゲノミクス*2の結果である。この遺伝子データを欧州や北米、オーストラリアの科学者らからなる国際的チームが遺伝子解析したところ、多くのSARS-CoV-2陽性のサンプルにおいてタヌキのミトコンドリアのDNAが豊富に高率に含まれているのを見出した。その他の動物(ヤマアラシ、ハリネズミ、ジャコウネコなど)のミトコンドリアのDNAも少量認められた。このことから、ウイルスがタヌキ(中間宿主*3)を介して人間に広がった可能性を示す情報などが得られたとして、査読前の「プレプリント」をZenodo*4で公表した(Crit-Christop, A. et al. Preprint at Zendo, https://doi org/10.5281/zenodo. 7754299 (2023) )。尚、中国政府は国内の野生生物市場での違法取引が起源とする説も否定しているため、今回の遺伝学的証拠も受け入れそうにない。科学者らは、中国当局がパンデミックの起源に関する独立した調査への協力を拒んでいると批判している。

【結論】

この市場で取引されていた動物とSARS-CoV-2を結びつける遺伝学的証拠が確認されたのは初めてであり、SARS-CoV-2の起源が、中国の市場で販売されていたタヌキと関連している可能性が、遺伝子解析から明らかになった。タヌキから人に感染したことを直接示すものではないが、起源の議論に一石を投じるだろうとしている。

用語の解説

*1. GISAID
Global Initiative on Sharing Avian Influenza Dataは、2008年に設立された世界的な科学イニシアチブであり、インフルエンザウイルスのゲノムデータへのオープンアクセスを提供している一次資料提供主体。 2020年1月10日、SARS-CoV-2の最初の全ゲノム配列がGISAIDで利用可能となり、最初のCOVID-19ワクチンの開発やSARS-CoV-2を検出する診断用検査など、パンデミックへの世界的な対応が可能となった。GISAIDは、地球全体での新しいCOVID-19ウイルス株の出現を監視すべく、ゲノム疫学とリアルタイム・サーベイランスを促している。
*2. メタゲノミクス
環境サンプルから直接回収されたゲノムDNAを扱う微生物学・ウイルス学の研究分野である。メタゲノム解析とも呼ばれる。従来の微生物のゲノム解析では、単一の菌株を環境サンプルから分離培養する過程を経る必要があったが、メタゲノミクスはこの過程を経ることなく、微生物コミュニティから直接ゲノムDNAを抽出し、様々な系統由来のDNAがミックスされた状態でDNAシーケンスを行う。そのため、メタゲノミクスでは従来の培養を基本とする方法では困難であった難培養・未培養系統に属する微生物のゲノム情報が入手可能である。
*3. 中間宿主
寄生虫学において、中間宿主とは、ある種の寄生虫において幼生期の発育を行い、成虫が有性生殖を行う宿主が別の動物である場合の宿主。これに対して成虫が有性生殖を行う宿主を終宿主と呼ぶ。SARS-CoV-2においては、これまでの研究により、SARS-CoV-2はコウモリを起源(自然宿主)とし、中間宿主を経由してヒトに感染したと思われるが、今回の研究結果により、タヌキなどの野生動物に焦点が当たることになった。
*4. Zenodo
Zenodoは研究データリポジトリである。研究者がデータセットを置くための場所を提供するためにOpenAIREとCERNによって作られた。2013年に始められ、いかなる研究分野の研究者も50GBまでファイルをアップロードできるようになった。

今回の論文のポイント

  • 今回の研究結果は、SARS-CoV-2がタヌキからヒトに種を超えて感染したことや、市場で売られていた動物のうち、同ウイルスを保有していたのがタヌキだけだったことを決定的に示すものではありませんが、新たなデータにより、市場から感染が拡大した可能性にも再び注目が集まりそうです。
  • 動物からヒトに感染したという’自然感染説’が正しいなら、人間がまだ狩猟生活をしていた太古の時代からコロナ禍は起きたと考えられ、人類はどの様にして乗り越えたのか、また、コロナ禍が何故、現代に起きたのか理解することが重要であると思われます。

文献1
Smriti Mallapaty, COVID-origins study links raccoon dogs to Wuhan market: what scientists think, Nature, 615, 771-772 (2023)