新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の起源を明らかにすることは、新型コロナ感染症(COVID-19)における重要な研究課題の一つです。これに関しては、武漢の市場において動物からヒトに感染したという’自然感染説’と武漢の研究所から漏洩したという’研究所漏洩説’の2つが有力です。先月お伝えしました様に、FBI(米連邦捜査局)や米エネルギー省が’研究所漏洩説’を支持したことで、この問題が注目されました(2023/3/14「FBI長官が新型コロナウイルスの起源に言及」を参照して下さい)。’研究所漏洩説’では、具体的な証拠は提示されませんでしたが、最近、中国の科学者らが一時的に「GISAID*1」に公開した2020年に武漢の「華南海鮮卸売市場」で採取された検体に基づくSARS-CoV-2感染拡大初期の遺伝子情報データをもとにして、国際的な研究者チームが分子遺伝学的解析を行なった結果、タヌキその他の動物が市場におり、SARS-CoV-2に感染した可能性が示されたことから、今度は、’自然感染説’が脚光を浴びるようになりました(図1)。これらの経緯は、ネイチャー誌のニュースに取り上げられましたので(文献1)、今回はそれを紹介致します。
COVID-19のパンデミックの起源について、武漢市の華南海鮮卸売市場市場で売られていたタヌキと関連していた可能性を示す遺伝子データが、国際的な研究チームにより確認され、今回の研究結果は自然由来説の信憑性を高めるものになった。
SARS-CoV-2の起源をめぐっては、今年の2月には、米エネルギー省が、研究所から流出したと判断していると報じられ、論争が再燃した。ただ、米政府機関で研究所漏洩説を支持しているのはエネルギー省とFBIだけにとどまっており、国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)と疾病対策センター(CDC)、国家情報会議(NIC)、ほか4情報機関は、’自然感染説’を支持している。中国政府は研究所流出説に猛反発し、米国はパンデミックの起源を突き止める取り組みを政治化しているとまで非難している。
研究のもとになった生データは先週、中国疾病予防管理センター(CCDC)に所属する研究者らによって感染症の国際データベース「GISAID」に一時登録されたものである(「GISAID」に登録されたデータは3月11日時点でアクセスできなくなっている)。この遺伝子データはパンデミック初期に武漢市の「華南海鮮卸売市場」の敷地内や周辺で採取された検体(この標本は20年1月に閉鎖された武漢の市場の壁や床、かご、荷台の表面を綿棒でこすって採取された)から抽出されたメタゲノミクス*2の結果である。この遺伝子データを欧州や北米、オーストラリアの科学者らからなる国際的チームが遺伝子解析したところ、多くのSARS-CoV-2陽性のサンプルにおいてタヌキのミトコンドリアのDNAが豊富に高率に含まれているのを見出した。その他の動物(ヤマアラシ、ハリネズミ、ジャコウネコなど)のミトコンドリアのDNAも少量認められた。このことから、ウイルスがタヌキ(中間宿主*3)を介して人間に広がった可能性を示す情報などが得られたとして、査読前の「プレプリント」をZenodo*4で公表した(Crit-Christop, A. et al. Preprint at Zendo, https://doi org/10.5281/zenodo. 7754299 (2023) )。尚、中国政府は国内の野生生物市場での違法取引が起源とする説も否定しているため、今回の遺伝学的証拠も受け入れそうにない。科学者らは、中国当局がパンデミックの起源に関する独立した調査への協力を拒んでいると批判している。
この市場で取引されていた動物とSARS-CoV-2を結びつける遺伝学的証拠が確認されたのは初めてであり、SARS-CoV-2の起源が、中国の市場で販売されていたタヌキと関連している可能性が、遺伝子解析から明らかになった。タヌキから人に感染したことを直接示すものではないが、起源の議論に一石を投じるだろうとしている。