※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。
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査読前論文
2023/7/4
CRISPRシステムによるTDP-43プロテイノパチーの遺伝子治療の可能性
文責:橋本 款
近年、CRISPR-Cas9*1システムの発見により、いかなる遺伝子も簡単にノックアウトやノックインすることが可能になり、ゲノム編集は、多くの疾患に適した治療法であると考えられるようになりました。例えば、神経変性疾患の治療に関しては、これまで、タンパク凝集に焦点が当てられてきました。実際、最近のアルツハイマー病(AD)における抗アミロイドβ抗体による免疫療法の第3相臨床試験では、認知機能の低下に対して、有意な予防効果が示されました(早期アルツハイマー病に対するLecanemab(レカネマブ)の治療効果〈2023/5/10掲載〉、Donanemab(ドナネマブ); 早期アルツハイマー病の第III相臨床試験に成功〈2023/5/30掲載〉)。しかしながら、これから臨床現場での使用に耐えることが出来るかどうかはまだ未知数です。また、AD以外の疾患では、まだ、現在のところアミロイド免疫療法の有効性は示されていません。したがって、このような状況では、CRISPRシステムなど別の治療法を検討することも重要です。筋萎縮性側索硬化症と前頭側頭型認知症を含むTDP-43プロテイノパチーは、TDP-43の誤った局在化や凝集を特徴とする重篤な神経変性疾患です。今回、米国ILLINOIS大学のZeballos MA博士らは、今回、CRISPR-Casエフェクターの中で、RNAを標的とするCas13*2ファミリー(とCas7-11)にて、TDP-43毒性の調節因子であるAtaxin-2*3のmRNAを標的とすることで、モデルマウスにおけるTDP-43の病理を軽減可能なことを報告しました(図1)。その査読前論文(文献1)がbioRxivに掲載されましたのでこれについて紹介致します
文献1.
Zeballos MA et al., Mitigating a TDP-43 proteinopathy using RNA-targeting CRISPR effector proteins.,
bioRxiv 2023-04-08 [preprint]. 
【背景・目的】
TDP-43プロテイノパチーは、TDP-43の凝集を伴う神経変性疾患であり、その根本的な治療法の開発は急務である。興味深いことに、これまでの研究により、アミロイド蛋白のTDP-43よりも, その修飾因子であるAtaxin-2を標的にした方が治療の効率が良いことが示されていた。したがって、本研究の目的は、この知見をCRISPRシステムにおいて検討することであった。
【方法】
- CRISPR-Cas13(及び、Cas7-11は、Attaxin-2遺伝子のmRNAに配列特異的に結合して切断する。この性質を利用して、細胞や脳で、標的遺伝子Attaxin-2のmRNAをノックダウンできる。具体的には、マウスAtaxin-2に相補的な配列を10カ所から選んでcrRNAを作成し、RfxCas13d(Cas13)とAtaxin-2-EGFPとともに293細胞に共発現させ、EGFPの蛍光強度からAttaxin-2のmRNAの分解の程度を推定した。このようにしてスクリーニングの結果、最も効率よくAttaxin-2 mRNAを分解した(EGFPの蛍光強度より50%以上)配列を以下の実験に用いた。
- 内因性のAttaxin-2遺伝子のmRNAに対するCRISPR-Cas13の効果を調べるため、インビトロでは、マウスNeuro2a細胞、インビボでは、TDP-43プロテオノパチー・マウスモデル(TAR4/4)*4 の生体内へAtaxin-2を標的とするCas13システムをアデノ随伴ウィルスベクター9により、経静脈的、又は、経脳室的にデリバリーすることで治療効果を評価した。
【結果】
- CRISPR-Cas13を発現させることによって、細胞レベルでは、TDP-43の凝集は抑制され、さらに、ストレス顆粒*5への移行が阻害されることを観察した。
- TDP-43プロテオノパチー・マウスの生体内へAtaxin-2を標的とするCas13システムを、マウスの機能不全(四肢麻痺など)が改善され、寿命が延び、神経病理学的特徴(細胞死、炎症)が低減されることを見出した。Ataxin-2 mRNAの分解は定量化PCRの結果とも一致した。
【結論】
以上の結果より、TDP-43プロテイノパチーの治療にCRISPRシステムが有効である可能性が示唆された。
用語の解説
- *1.CRISPR-Cas9(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats CRISPR-Associated Proteins 9)
- CRISPR-Cas9システムは、DNA二本鎖を切断してゲノム配列の任意の場所を削除、置換、挿入することができる新しい遺伝子改変技術である。カスタム化(標的遺伝子の変更や複数遺伝子のターゲット)が容易であることから、現在、ヒトやマウスといった哺乳類細胞ばかりではなく、細菌、寄生生物、ゼブラフィッシュ、などの膨大な種類の細胞や生物種において、そのゲノム編集または修正に急速に利用されています。CRISPR-Cas9システムは、細菌や古細菌においてウイルスやプラスミドといった遺伝的要素の侵入物を標的し、排除するよう進化した適応免疫の一つである。
- *2.Cas13
- CRISPR-Cas9がDNA二本鎖を切断するのに対して、CRISPR-Cas13(及び、Cas7-11)は、一本鎖RNAに配列特異的に結合して、切断するヌクレアーゼ活性を持つ。
- *3.Ataxin-2
- Ataxin-2は、遺伝性脊髄小脳変性症2型の原因遺伝子の産物であり、正常ではN末端側のポリグルタミンのくり返しは26個以下なのに対し、遺伝性脊髄小脳変性症2型の患者では34個以上に伸長している。さらに、ポリグルタミン鎖の中等度の伸長(くり返しが27~33回)が筋萎縮性側索硬化症の発症を高めることが明らかになった。
- *4.TAR4/4
- Thy-1プロモーターでTDP-43cDNAを過剰発現することにより作成したTDP-43プロテオノパチー・マウスモデル。そのうち、高発現ライン4のヘテロタイプをTAR4とし、ホモタイプをTAR4/4とした。
- *5.ストレス顆粒.
- 細胞が低酸素、感染、異常蛋白質の蓄積、熱ショックといったストレス状態下に置かれた際に、ストレスに応答し、細胞質中に生じる100~200nm程度の凝集体であり、ストレスから細胞を防御する機構と考えられている。したがって、ALSのような過剰にストレスのかかる状態では、ストレス顆粒は異常に蓄積する。
今回の論文のポイント
- 本研究の結果は、TDP-43プロテイノパチーや様々な神経変性疾患の治療においてCRISPRシステムが有効であることを示唆しています。現在はアミロイド免疫療法が精力的に行われようとしていますが、それに取って代わるか、併用される可能性のあることが予想されます。
- 興味深いことに、本研究、及び、その他の研究結果は、TDP-43プロテイノパチーにおいては、アミロイド蛋白であるTDP-43よりも、その修飾因子であるAtaxin-2を標的にした方が治療の効率が良いことを示しています。このことは、ADやパーキンソン病など、他の神経変性疾患についても成り立つ可能性があり、検討する必要があると思われます。
- 文献1
- Zeballos MA et al., Mitigating a TDP-43 proteinopathy using RNA-targeting CRISPR effector proteins., bioRxiv 2023-04-08 [preprint].