アポリポ蛋白質 E(Apolipoprotein E)の遺伝子型アポリポ蛋白質ε4(APOE-ε4)は孤発性アルツハイマー型認知症や心血管疾患リスクを増加させることがよく知られていますが、この様な悪影響作用を持つ変異が進化の過程で、何故、自然淘汰*3されなかったのか明らかでありません。一つの可能性は、他の対立遺伝子APOE-ε2, -3に比べて、APOE-ε4は、生殖期には個体の生存に対して有利に働くが、antagonistic pleiotropy(拮抗的多面発現)のために老年期になると不利な形質になったのかも知れません(図1)。これに一致して、米カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB)のBenjamin C. Trumble博士らは、採集狩猟生活を主体とする南米ボリビアのアマゾン先住民族であるチマネ族コミュニティの研究で、APOE-ε4の遺伝子型は女性の高い生殖能力(妊娠率を上昇させる)と相関していることを示す研究結果を得ました。拮抗的多面発現仮説に基づけば、生殖期のこの遺伝子の進化的に有利な効果は、老年期には病気の発症として現れるため、自然選択によって排除され無いと考えられました(図1)。このように、我々の祖先に生活様式が近い先住民族を研究の対象にしてAPOE-ε4を進化的な見地から理解することは、新しい疾患予防の可能性を追求する上で重要だと思われます。最近、その論文がScience Advances誌に掲載されました(文献1)ので紹介致します。
文献1.
Apolipoprotein-ε4 is associated with higher fecundity in a natural fertility population,
Benjamin C. Trumble et al., Science Advances 9 Aug 2023, Vol 9, Issue 32
多くの人口においてAPOE-ε4の遺伝子型は認知症や心血管障害などいくつかの慢性的な高齢疾患の危険性を増すが、更年期のこの様な有害な影響にも関わらず、APOE-ε4は高頻度に保たれている。
我々は、自然生殖能力*4を特徴とする採集狩猟民族であるチマネ族において、生殖能力とその近接決定因子(初産年齢、出産間隔)に対するAPOE-ε4の効果を評価した。
本研究の結果より、人類の進化の歴史を通して、座りがちな都市環境に残った有害な対立遺伝子を評価するためには、先祖に生活様式の近いチマネ族のような先住民族との比較研究が有要である。