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2024/3/12

家族性筋萎縮性側索硬化症の原因遺伝子としてのγ-シヌクレイン

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • シヌクレイン蛋白ファミリーに属するγ-シヌクレイン(γS)は、主としてがんの領域で研究されてきたが、筋萎縮性側索硬化症(ALS)*1で変性する運動神経に蓄積することが知られている。
  • 本研究において、γS遺伝子(SNCG)のエクソーム解析*2を行った結果、家族性ALS患者さん140名中、2名から、ミスセンス変異M38Iが同定された
  • M38Iはイン・ビトロにおいてアミロイド・フィブリルの形成を促進し、培養細胞に発現すると細胞質内封入体を形成することが観察された。
  • これらの結果より、γSは家族性ALSの原因遺伝子であり、ALSの神経変性促進に働いている可能性があると推定された。
図1.

シヌクレイン蛋白ファミリーは、α-、β-、γシヌクレイン(α-、β-、γS)の3つの分子より構成されます。α-、及び、βSは、中枢神経系に高発現しており、パーキンソン病やレビー小体型認知症などのシヌクレイノパチー神経変性疾患との関係で研究されて来ましたが、γSは、元々、乳がん特異的遺伝子産物(BCSG1)*3として乳がんの組織より同定されましたので、主としてがんの領域で研究され、がん細胞の増殖、悪性化に関係するのではないかと考えられています。神経系においては、γSは、ALSの運動ニューロンや緑内障の網膜細胞に蓄積し、これらの神経細胞の変性を促進する可能性がある、すなわち、γSは神経変性とがんの両方の病態の進行に関与していると推定されましたが、詳しいメカニズムは不明でした。これまで、α-、βSに関しては、遺伝性のパーキンソン病やレビー小体型認知症においてミスセンス変異*4がいくつか同定されていますが(図1)、γSの変異に関する論文報告はありませんでした。今回、英国・リード大学のAubrey博士らは、家族性ALSの患者さん2例において、38番目のアミノ酸がメチオニンからイソロイシンへ変異しており(図1)、これに伴って、γSの蛋白凝集性が促進し、アミロイド・フィブリルを形成しやすくなることを見出して、PNASに報告しました(文献1)。本研究結果は、ALSの病態のメカニズムに対する理解を深め、治療法開発に向けたヒントになるかも知れません。


文献1.
Substitution of Met-38 to Ile in γ-synuclein found in two patients with amyotrophic lateral sclerosis induces aggregation into amyloid,Liam D Aubrey et al. Proc Natl Acad Sci USA 2024 Jan 9;121(2):e2309700120.


【背景・目的】

これまでの研究により、家族性ALSには、さまざまな遺伝子の変異が原因となることがわかっている。また、家族性、及び、孤発性ALSの病態には、TDP43の蓄積・凝集が中心であると考えられているが、他にも、銅・亜鉛-スーパーオキシドディスムターゼ(SOD1)*5やγSの蓄積・凝集も知られている。本プロジェクトでは、ALSの病態において、γSが蓄積するメカニズムをよりよく理解することを主な研究目的とする。

【方法・結果】

  • 140例のALSの患者さん(中央ヨーロッパ/ロシア)のSNCG遺伝子のエクソーム解析を行った結果、140人のALSの患者さんのうち2例(35歳男、36歳女)に、第1エクソンのSNP; rs148591902に対応する部分にGからAへの塩基置換を認めた。その結果、P1領域の38番目のアミノ酸残基がメチオニンからイソロイシンへのミスセンス変異:M38Iが起きた。公共のデータベースで得られた同地域の265例の健常者には認められなかった。他の家族性ALSの原因遺伝子のいくつかについても調べたが(SOD1, C9orf72, TDP43, FUS, ANG)*6、異常は見当たらなかった。
  • M38Iミスセンス変異により、イン・ビトロにおけるγSのアミロイド・フィブリルの形成は促進した(電子顕微鏡、チオフラビンを用いた蛋白凝集アッセイなど)。
  • H1マウスES細胞に発現させると、蛍光顕微鏡で細胞質封入体の形成が観察された。

【結論】

本研究の結果より、1つのアミノ酸置換でγSの凝集・蓄積が促進されることが示された。

用語の解説

*1.筋萎縮性側索硬化症(ALS:amyotrophic lateral sclerosis)
主に中年以降に発症し、上位運動ニューロンと下位運動ニューロンが選択的にかつ進行性に変性・消失していく原因不明の疾患である。病勢の進展は比較的速く、人工呼吸器を用いなければ通常は2~5年で死亡することが多い。ALSのうち約5%は家族歴を伴い、原因遺伝子が次々に報告されている(現時点で25種類以上)。孤発性ALSの病態としては、フリーラジカルの関与やグルタミン酸毒性により神経障害をきたすという説が有力である。また、孤発性ALSの多数症例を用いてゲノムワイドに疾患感受性遺伝子を探索する研究も進行中である。ALSは発症様式により、(1)上肢の筋萎縮と筋力低下が主体で、下肢は痙縮を示す上肢型(普通型)、(2)構音障害、嚥下障害といった球症状が主体となる球型(進行性球麻痺)、(3)下肢から発症し、下肢の腱反射低下・消失が早期からみられ、二次運動ニューロンの障害が前面に出る下肢型(偽多発神経炎型)の3型に分けられることがある。これ以外にも、呼吸筋麻痺が初期から前景となる例や体幹筋障害が主体となる例、認知症を伴う例もあり多様性がみられる。現時点で、有効な治療法はない。運動機能の喪失に比べて、意識ははっきりしているので、進行に伴いコミュニケーション手段を考慮することが重要であり、症状に応じた手段を評価し、新たなコミュニケーション手段の習得を早めに行うことが大切である。体や目の動きが一部でも残存していれば、適切なコンピューター・マルチメディア、意思伝達装置及び入力スイッチの選択により、コミュニケーションが可能となることが多い。脳波を使う方法も報告されている。症状の進行は比較的急速で、発症から死亡までの平均期間は約3.5年といわれているが、正確な調査はなく、個人差が非常に大きい。進行は球麻痺型が最も速いとされ、発症から3か月以内に死亡する例もある。一方では、進行が遅く、呼吸補助無しで10数年の経過を取る例もあり、症例ごとに細やかな対応が必要となる。
*2.エクソーム解析
エクソーム解析とは、ゲノムからエクソン領域を濃縮し、次世代シーケンサー(NGS)により塩基配列を決定する方法である。
*3.乳がん特異的遺伝子産物(Breast Cancer Specific Gene:BCSG1)
遺伝子の発現量の差異にもとづき、特定の組織や細胞(ここでは、乳がんの組織)で高頻度に発現している遺伝子を単離し、塩基配列を決定する手法により、BCSG1がクローニングされた(Ji, Cancer Res. 1997)。
*4.ミスセンス変異
点突然変異の一種で、コドン内の塩基の置換によって異なったアミノ酸残基が合成中のポリペプチド鎖に入り、異常蛋白質が産生されること。鎌状赤血球貧血症がその例である。
*5.銅・亜鉛-スーパーオキシドディスムターゼ(Cu/Zn-superoxide dismutase; Cu/Zn-SOD, SOD1)
SOD1は、スーパーオキシドアニオンラジカルを酸素と過酸化水素に変換する抗酸化酵素であり、生体を酸化ストレスから守る役目を果たしている。SOD1遺伝子の変異はALSを来たし、家族性ALSの20%に存在する。変異SOD1を高発現させたマウスはALS症状を示すが、SOD1を欠損させたマウスはALSとは異なる表現型を示すことから、酵素活性ではなく、SOD1タンパク質自体のミスフォールディングや凝集化がALS発症に関与する可能性が考えられている。
*6.SOD1, C9orf72, TDP43, FUS, ANG
SOD1: Superoxide dismutase 1, C9orf72: chromosome 9 open reading frame 72, TDP43: TAR DNA–binding protein 43kDa, FUS: fused in sarcoma, ANG: angiotensin

文献1
Substitution of Met-38 to Ile in γ-synuclein found in two patients with amyotrophic lateral sclerosis induces aggregation into amyloid,Liam D Aubrey et al. Proc Natl Acad Sci USA 2024 Jan 9;121(2):e2309700120.