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2020/10/22

2003年のSARS-CoVの抗体は新型コロナウイルスの感染を防ぐことができるか?

文責:正井 久雄

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は2002年に出現し、2003年に広がったSARS-CoVと遺伝的に類似しており、ゲノム全体で80%の共通性を有します。両者とも、宿主細胞に侵入するため、ウイルス表面に存在するSpike糖タンパク質を使用します。両ウイルスのSpikeタンパク質とも、S1とS2という二種類のポリペプチドが一つのユニットとなり、このユニットが3つ集まって三量体を形成します。S1サブユニットのN端にあるReceptor Binding Domain(受容体結合ドメイン;RBD)を介して細胞のウイルス受容体であるACE2(Angiotenisn-converting enzyme2)に結合します。

Spikeタンパク質の相同性は76%、RBDに限ると74%の相同性であり、この部分に最も頻繁に変異が起こります。SARS-CoV-2はこの領域の変異により、SARS-CoVより10-20倍の親和性でACE2に結合できるようになったことが、その感染性の高さの原因であると言われています。SARS-CoV-2 RBDはSARS-CoV RBDと同じ向きで、保存された芳香性アミノ酸に依存してACE2に結合することがわかっています。

2003年のSARS-CoV蔓延時にSARS-CoV RBDを標的としたワクチン、中和抗体の開発が開始されました。Science Advancesに今月発表されたこの論文では、中国の研究者が、SARS-CoVとSARS-CoV-2の間の抗原特異性について解析しています。

研究者らは2003年にSARS-CoVに感染して回復した20人の血清を用いて解析を行いました。これらの血清は、退院回復後、3-6ヶ月後に採取されたサンプルで、これまで−80°Cに保管されていました。

患者の抗体は、SARS-CoVのS1サブユニットおよびRBDポリペプチドを強く認識し、SARS-CoV-2のSpikeタンパク質とも強く交叉反応を示しました。しかし、これらの血清はSARS-CoVに比較してSARS-CoV-2の阻害活性は弱いことがわかりました。SARS-CoVに対する抗体のSARS-CoV-2との交叉性や中和能については、異なった報告がされており、結論がまだ得られておりません。

そこで研究者らは、SARS-CoVのSpikeタンパク質あるいはRBDに対する抗体をマウスあるいはウサギで作製し、それらのSARS-CoV-2に対する交叉反応性、交叉中和能を測定しました。その結果、SARS-CoVの株の種類により異なった性質の抗体が産生されることがわかりました。例えば、樹上性ジャコウネコ由来のSARS-CoVはRBDの受容体への結合を阻害する抗体を誘導したのに対して、ヒト患者由来の株ではそのような抗体は誘導できませんでした。マウス感染モデルを用い、ジャコウネコ由来のSARS-CoVのRBDによる免疫誘導により、SARS-CoV-2のSpikeタンパク質に反応する抗体の産生が確認されました。これらの結果から、SARS-CoVとSARS-CoV-2はRBD領域に共通の抗原エピトープを有することが示されます。

これらの結果から、この論文の研究者は、「以前のSARS-CoV感染から回復した人はSARS-CoV -2感染により免疫を再活性化できるのか」、「SpikeのRBD配列からどのようなコロナウイルスにも効果を有する万能ワクチンの開発が可能か」について今後研究を行う必要があるとしています。


謝辞:

本稿を執筆するにあたり、ゲノム動態プロジェクトの井口智弘研究員に、多くの助言をいただきました。ここに感謝いたします。