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2020/10/22

新型コロナウイルス感染から回復した患者から単離したモノクローナル抗体は新型コロナウイルスの予防・治療に有効か?

文責:正井 久雄

前号の記事でも記載したように、SARS-CoV-2のSpikeタンパク質のS1サブユニットに存在するReceptor Binding Domain(受容体結合ドメイン;RBD)に対する抗体はウイルスの、ACE2(Angiotensin-converting enzyme2)ウイルス受容体への結合を阻害し、感染を阻止することが期待されます。新型コロナウイルスに感染した患者の血漿から調製した抗体は、受動的ワクチンとして感染予防に効果を示す可能性があります。このような受動免疫は、通常のワクチンとは異なり、抗体はやがて分解されるので、長期予防は期待されませんが、直ちに効果を示すという点で優れています。

新型コロナウイルス感染から回復した患者の血漿から単離された抗体は、体細胞突然変異の程度が低く、成熟度は低いが、親和性は高いという特徴を持ち、予防あるいは治療の材料として魅力的です。しかし、これらの生殖細胞モノクローナル抗体は、自分自身のタンパク質、DNAやRNA(自己抗原)に反応する(自己免疫応答)という難点があります。

ベルリン医科大学の研究者らは、感染患者から強力な中和活性を有するモノクローナル抗体を同定したと、9月26日のCell誌に報告しました。研究者は10人の新型コロナウイルスに感染した患者の血漿から、598個のモノクローナル抗体を単離し、18個の強い中和活性を有するモノクローナル抗体を選択しました。その中でも最も強い親和性を示す抗体、CV07-209は、培養細胞でのウイルス感染も最も強く中和しました。

研究者らは、2種類の中和活性を有するモノクローナル抗体とRBDの複合体の構造をX線結晶構造解析で決定しました。これらは異なる生殖細胞系列遺伝子ですが、RBDの同じエピトープを認識することがわかりました。抗体は、エピトープを異なる方向から認識し、その表面に異なる程度で接触をします。いずれの場合にも、立体障害により、ウイルスのACE2受容体への結合を阻害すると予測されました。

この論文で、研究者らはSARS-CoV-2のモノクローナル抗体が自己抗原を認識するかどうかを調べました。その結果、中和活性を持つモノクローナル抗体の一部は、脳、肺、心臓、腎臓や腸に発現されるエピトープも認識することがわかりました。これらの抗体はウイルスと全く関係ない体の中のタンパク質にも結合します。そのような自己抗原を有する臓器が、自己免疫システムの標的となり重症化の一因になっているかは今後の研究を待たねばなりません。

新型コロナウイルスの感染初期、あるいは、ワクチン投与時には、このような自己免疫応答を検出することが重要だと考えられますが、同時にこのような発見は、安全なワクチン開発に貢献します。

研究者は細胞レベルでの強い活性と、自己組織との反応性を持たないCV07-209を用いて、SARS-CoV-2感染ハムスターモデルを用いて個体レベルでの抗ウイルス効果を検定しました。その結果、肺の病理も含めてこの抗体がウイルス感染に対する予防効果を示すことが示されました。また感染後の投与でもウイルスの消滅、肺の障害の回避、症状の寛解が観察されました。

現在、医薬品としてのこの抗体の大量調製、そして臨床試験へと準備が進んでいるということです。


語句及び背景説明

生殖細胞モノクローナル抗体:
自然抗体(natural antibody)ともよばれ、あらかじめ血清中に存在する抗体です(ABO血液型でみられる抗Aや抗B抗体などが有名)。胎児期などの体内の免疫系が出来上がっていない時に主流になるB細胞のB-1細胞がT細胞非依存的に産生する抗体で、特徴として自己成分に弱い親和性を持ち(自己免疫反応)、多様な細菌を認識できる抗体を産生します。
これに対して獲得免疫を担っているB-2細胞は、骨髄で分化してT細胞による補助を受けて抗原特異的な抗体を産生します。この過程で体細胞突然変異(somatic mutation)や免疫グロブリンクラスイッチを高頻度で起こします。また、自己抗原に対する選別を分化段階で受けます。さらに、T細胞の分化過程で自己抗原に親和性を有するT細胞はpositive-negative selectionによりアポトーシスが誘導されて死滅します。従って、自己抗原に親和性を有するB-2細胞を活性化できる対応したT細胞がいないのため、自己抗原を認識する抗体の産生が引き起こされません。

謝辞:

本稿を執筆するにあたり、ゲノム動態プロジェクトの井口智弘研究員に、多くの助言をいただくとともに、原稿の検閲並びに加筆をしていただきました。ここに感謝いたします。