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2026/10/15

微細なプラスチック粒子が虚血性心疾患の発現に与える影響

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 近年、マイクロ・ナノプラスチック(MNPs)*1の健康への影響に対する懸念が高まっている。本論文では、心筋梗塞の疑いで冠動脈造影検査*2を受けた患者さん(n=61)から、冠動脈を採取してMNPsを測定する横断研究*3を実施した。
  • その結果、心筋梗塞で治療を受けた患者さんでは、慢性の冠動脈疾患の患者さんや正常な冠動脈を持つ人に比べて、冠動脈の血液中から、より高い頻度でMNPsが検出された。また、MNPsの検出は炎症の強さやPM2.5*4(直径2.5マイクロメートル以下の微小粒子状物質)への曝露、および、喫煙と関連していた。
  • これらは、心筋梗塞とMNPsの関連性を裏付けるものである。しかしながら、MNPsが心筋梗塞の原因であることを言うには、さらなる研究が必要である。
図1.

プラスチックは、ペットボトルや食品包装紙などを始めとして多くの用途に使われていますが、近年、MNPsの長期的な健康に悪影響を及ぼす可能性が懸念されています。プラスチックは、より微細な粒子に分解されますが、決して消えることはないので、私たちは、地球環境で分解されない小さなプラスチックの破片、すなわち、MNPsに汚染されています。したがって、実際、動物や細胞レベルの研究では、MNPsへの暴露が、がん、心臓発作、生殖障害、および、さまざまな病態と関連していることが示唆されています。しかし、MNPsが人間の健康に与える影響を直接検証した研究はほとんどありません。今回、心筋梗塞とMNPsの関連性(図1)について調べるため、イタリア・ローマにありますスコーネ大学病院(Skåne University Hospital)のPaolisso, P.博士らは、心筋梗塞の疑いで冠動脈造影検査を受けた患者さんから、冠動脈を採取してMNPsを測定する横断研究を実施したところ、心筋梗塞で治療を受けた患者さんでは、慢性の冠動脈疾患の患者さんや正常な冠動脈を持つ人に比べて、冠動脈の血液中からMNPsが、より高い頻度で検出されました。また、MNPsの検出は炎症の強さやPM2.5への曝露、および、喫煙と関連していました。これらは、心筋梗塞とMNPsの関連性を裏付ける重要な結果であり、最近のEuropean Heart Journalに掲載されましたので、今回はこの論文(文献1)を報告いたします。しかしながら、この研究はMNPsと心筋梗塞の関連性を示したものであり、MNPsが心筋梗塞の原因であることを証明したものではないので、現時点においては、MNPsが心筋梗塞の治療標的であると言うことは出来ません。今後の研究の展開が期待されます。


【文献】
Pasquale Paolisso et al. Micro- and nano-plastics in the coronary circulation and air pollution exposure in ischaemic heart disease presentation, European Heart Journal, ehag447 (2026).


【背景・目的】

MNPsは、心血管疾患における新たなリスク要因であると考えられている。本研究は、ヒト冠動脈疾患のスペクトルにおける冠動脈血液中におけるMNPの負担および大気汚染への暴露および炎症との関連を評価することを目的とした横断研究である。

【方法】

  • 冠動脈疾患の疑いがあるとして冠動脈造影を行なった患者さん(61例)をSTセグメント上昇(心電図の波形)心筋梗塞群(n = 19)、慢性冠状動脈症候群(n = 20)、および正常な冠動脈による対照群(n = 22)の3群に分類し、
  • 熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法*6およびレーザー直接赤外分光法*7を用いて、冠動脈および末梢血液中のMNPsを定量化した。
  • 大気汚染曝露データは、検査当日のPM2.5曝露および過去2年間のPM2.5曝露に応じて収集され、炎症マーカー(IL-6、TNF-α)、喫煙歴との関連性を調べた。

【結果】

  • MNPsは、慢性冠状動脈症候群(40%)および対照群(31.8%)よりも心筋梗塞群において有意に頻繁に検出された(84.2%)(P=0.002)。
  • また、心筋梗塞群では、MNPs濃度が高く、検出されたプラスチックの種類も多く、中央値は3種類(四分位範囲2~4種類)で検出されたプラスチックの97%がポリエチレンであった。
  • 同じ患者では、末梢血と冠動脈血からほぼ同じ種類のプラスチックが検出されが、濃度は冠動脈血の方が有意に高くなっていた(P<0.001)。
  • 心筋梗塞群では炎症マーカーであるIL-6とTNF-αが高値を示した(P≤0.006)。
  • PM2.5への曝露量も心筋梗塞群で高く(P≤0.012)、PM2.5が15µg/m³を超える患者さんや喫煙者ではMNPsがより高頻度に検出された(P=0.006)。
  • 喫煙とPM2.5高曝露の両方がある患者さんでは、全員からMNPsが検出された(P<0.001)。
  • 一方、多変量解析では、喫煙歴のみがMNPs検出と独立して関連していた(オッズ比5.69、95%信頼区間1.33~26.63、P=0.023)。

【結論】

心筋梗塞群の患者さんは、慢性冠状動脈症候群や対照群よりも冠状動脈性血液中のMNPsの負担が大きかった。MNPsの検出は、炎症性バイオマーカーの上昇、PM2.5への暴露の増加、および喫煙と頻繁に関連し、環境への暴露と冠動脈疾患との関連が示唆された。

用語の解説

*1.マイクロ・ナノプラスチック(Micro- and nanoplastics; MNPs)
MNPsは、5mm未満のマイクロプラスチックと、その中でも特に小さいナノプラスチックを合わせた呼び名です。環境や生物への影響が懸念され、世界的に研究が進んでいます。MNPsは、消化管・肺・皮膚という曝露三経路を介して体内に侵入し、血管やリンパ管を通じ全身へ移行する。消化管では上皮細胞やM細胞を経て吸収され、肺では粒径に応じて沈着し、マクロファージにより貪食・保持・一部排出され、それを回避したものが上皮細胞を経て吸収される。皮膚吸収はまれであるが、毛包経路や免疫細胞を介して全身循環系に移行する場合がある。腎臓や肝臓を通じた排泄は非常に小さなものを除き困難であるため、さまざまな臓器への蓄積が進行する。臓器に移行したMNPsの運命には、臓器内在性のマクロファージが深く関与する。マクロファージによるMNPsの直接的な貪食や、MNPsを取り込んだ死細胞の貪食による細胞間継承により、体内での長期残留が生じうる。人体への侵入と体内動態を経たさまざまな臓器への蓄積機構の定量的な理解は、今後のリスク評価に不可欠である。
*2.アテロームプラーク
アテローム性動脈硬化は、中型および大型動脈の内腔に向かって成長する斑状の内膜プラーク(アテローム)を特徴とする。そのプラークの中には脂質、炎症細胞、平滑筋細胞、および結合組織が認められる。危険因子には,脂質異常症、糖尿病、喫煙、家族歴、座位時間の長い生活習慣、肥満、高血圧などがある。症状はプラークの成長または破綻により血流が減少ないし途絶したときに現れ、みられる症状は罹患動脈により様々である。
*3.冠動脈造影検査
冠動脈造影検査は、手首や足の付け根の動脈からカテーテル(細い管)を入れて、心臓を養う血管である冠動脈まで進め、造影剤を流しながらX線で撮影する検査である。これによって、冠動脈のどこが、どのくらい狭くなっているかを 直接、映し出すことができる。冠動脈が狭くなっていないかは、運動負荷心電図や、体を傷つけない冠動脈CT検査などでも、ある程度「推定」することができるが、わざわざカテーテルを入れる検査をするのは、「これからどうするか」を決めるためである。お薬で様子を見るのか、カテーテルで血管を広げる治療をするのか、あるいはバイパス手術がよいのか――治療方針を正しく決めるには、狭くなった場所と程度を、正確に知る必要がある。それを直接見られるのが、この検査なのである。そのため冠動脈造影検査は、治療を視野に入れた段階で行われることが多い検査である。「この検査をする=すぐに大変な治療」というわけではなく、まず正確な地図を手に入れて、落ち着いて方針を考えるための一歩である。
*4.横断研究
医学研究における横断研究とは、ある特定の時点で収集されたデータを対象とするものである。急性疾患や慢性疾患の有病率の評価に用いられる事が多いが、疾患の原因や介入の結果に関する質問への回答に用いる事は出来ない。横断的データは、時間性が不明なため、因果関係の推測には使用できない。横断研究では、過去に関する質問など、特別なデータ収集が必要な場合もあるが、元々別の目的で収集されたデータを利用することが多い。横断研究にはある程度の費用がかかるため、希少疾患の研究には適していない。また、過去の出来事を思い出すのが難しいこともバイアスの原因となる。
*5.PM2.5
PM2.5とは、空気中に漂う非常に微細な粒子で粒子径がおよそ2.5マイクロメートル以下のもので、もちろん目には見えない。正確に言えば、粒子径2.5マイクロメートルで50%の捕集効率のふるいを通過する物質で、2.5マイクロメートルより大きな粒子も含んでいる。PM2.5の主な発生源は、工場などの燃焼施設からの排煙や粉塵発生施設、自動車・船舶・航空機からの排ガスなど人為起源のものであるが、そのほか土壌、海洋、火山など自然起源のものもある。また、大気中でガス状物質が反応し、二次粒子になることが知られている。粒子が細かいため肺の奥深く肺胞にまで到達し、一部は身体に吸収され様々な健康影響を引き起こす。
*6.熱分解ガスクロマトグラフィー質量分析法(Py-GC/MS)
Py-GC/MSは、高分子などを加熱分解し、生成ガスをGCとMSで分析する手法である。主にプラスチックやゴムなどの材質判定・劣化評価に使われる。詳細は専門書を参照して下さい。
*7.レーザー直接赤外分光法(Laser Direct Infrared, LDIR)
LDIRは、量子カスケードレーザーなどの波長可変赤外レーザーを光源とする赤外顕微分光・イメージング法である。高輝度レーザーを直接試料に走査照射し、赤外吸収スペクトルと化学マッピングを高速に取得する。赤外分光法は、分子が赤外光を吸収するときの振動情報から化学構造を調べる手法であり、LDIRは、この赤外分光にレーザー光源を導入し、顕微鏡と組み合わせたアーキテクチャである。詳細は専門書を参照して下さい。

文献1
Pasquale Paolisso et al. Micro- and nano-plastics in the coronary circulation and air pollution exposure in ischaemic heart disease presentation, European Heart Journal, ehag447 (2026).