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2026/9/30

胚性幹細胞を用いたパーキンソン病の細胞移植治療

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 近年、幹細胞に由来するドーパミン細胞前駆体の脳内移植によるパーキンソン病(PD)の治療が注目されている。この手法において、ヒト人工多能幹細胞(iPSC)*1が用いられたが、胚性幹細胞(ESC)*2に関しては研究されていない。
  • 本プロジェクトは、ESCを分化させて得られるドーパミン細胞前駆体を中等度PDの患者さん(n=8)に脳内移植の効果を見る第1・2相臨床治験を行った。
  • その結果、12ヶ月の時点における暫定的評価において、運動機能に対する治療効果が認められ、副作用はなかったことから、ESC由来のドーパミン前駆体細胞を用いた細胞移植のPDの治療に対する有効性が推定された。引き続き、36ヶ月まで経過観察する予定である。
図1.

これまでお伝えしておりますように、近年、PDの治療に関連する臨床試験が精力的に行われています(図1)。中でも、抗α−シヌクレイン(αS)免疫療法*3(モノクローナル抗体Prasinezumabを用いたパーキンソン病の免疫療法〈2024/8/20掲載〉)やグルカゴン様ペプチド-1 (GLP-1)受容体アゴニスト、エキセナチド*4(エキセナチドのパーキンソン病治療効果は確認されず;第3相臨床試験〈2025/3/4掲載〉)、は、期待されましたが、それぞれ、第2相、第3相試験で失敗に終わりました。最近、注目されているのが、幹細胞由来のドーパミン細胞前駆体の脳内移植です。移植実験は1980年代に流産・中絶組織より得られた胎児の中脳腹側の一部をPD患者さんの脳に移植し、一定の治療効果が得られたことから始まります。しかしながら、ヒト胎児脳の移植では、十分な細胞数を得られないこと、倫理的な問題があることなどを克服するために、最近、iPSCを分化させて得られるドーパミン神経細胞の前駆体細胞を移植することが検討されました(iPS細胞を用いたパーキンソン病の再生医療;第1/2相臨床治験〈2025/4/30掲載〉)。さらに、iPSCを用いる場合、もし、個別にiPSCを調整するならば、多くの手技・費用がかかると予想されます。スウェーデン・スコーネ大学病院(Skåne University Hospital)のPaul, G.博士らは、これらの問題点をiPSCの代わりにESCを用いることで解決出来ないかと考え、ESC由来のドーパミン前駆体細胞を用いた中等度PDの患者さんの脳内に細胞移植治療;第1・2相試験を実施しました。その結果は、ヒトにおける実現可能性と良好な安全プロファイルを移植後12ヶ月において暫定的に裏付けるものであり、Nature Medicineに掲載されましたので、今回はこの論文(文献1)を報告いたします。気をつけなければならないのは、移植療法自体は症状改善を目的としたものであり、PDの進行(特に、αSの神経変性)を改善するものではありません(すなわち疾患修飾療法*5ではない。)。したがって、これまでのαSの凝集抑制を目的としたメカニズム・治療研究を続ける必要があります。


【文献】
Paul, G. et al., Human embryonic stem cell-derived dopaminergic cells for Parkinson’s disease: a phase 1/2 open-label trial.Nat Med 32, 3449-3457 (2026).


【背景・目的】

近年、幹細胞に由来するドーパミン細胞前駆体の脳内移植によるPDの治療が注目されている。本研究の目的は、ESCを分化させて得られるドーパミン細胞前駆体脳内移植の効果を第1・2相臨床治験で評価することである。

【方法】

ここでは、ヒトの多能性幹細胞ESCから派生した、既製の市販のドーパミン作動性前駆体製品であるSTEM-PD*6を評価する第1/2相、オープンラベル*7、多施設試験による12ヶ月間の一次安全性エンドポイントおよび暫定的な有効性の結果を報告する。
Clinical Trials.gov識別番号:NCT05635409

【結果】

  • 中等度のPD患者さん8人(平均年齢63歳、疾患罹患期間14.5年)が、低容量、または、高容量(それぞれ、n=4)で両側性被殻内移植を受け、その後12ヶ月間の免疫抑制(アザチオプリン、タクロリムス、コルチコステロイド)を行った。
  • 7人の参加者が12ヶ月のフォローアップを完了し、1人は肺感染症で死亡した(脳移植手術とは、関係ないと判断された。)。
  • 細胞産物に重篤な有害事象は認められず、
  • 移植片誘発性ジスキネシア*8も観察されず、
  • 連続磁気共鳴画像装置でも腫瘍形成の証拠は示されなかった。

【結論】

これらの知見は、ヒト多能性幹細胞由来のドーパミン性前駆体移植の実現可能性および良好な安全性プロファイルを、この初期段階の研究において裏付けるものであり、リスクは主に免疫抑制療法に関連している。36ヶ月までの継続的な追跡調査により、耐久性、臨床成績および移植機能がさらに評価されます。

用語の解説

*1.人工多能幹細胞(iPSC: induced pluripotent stem cells)
iPSCは、体の細胞を人工的に初期化して作った、胚を構成する三つの胚葉(外胚葉・中胚葉・内胚葉)の細胞へ分化できる多能性と自己複製能をもつ幹細胞です。皮膚などから採取した体細胞に特定の因子を導入して作ります。
*2.胚性幹細胞(ESC; embryonal stem cells)
・発生初期の胚(胚盤胞)の内部細胞塊から樹立された細胞株です。(amed.go.jp)
・体を構成するほぼすべての細胞種へ分化できる「多能性」と、培養下でほぼ無限に増殖できる性質を持ちます。
*3.αS免疫療法
αS免疫療法とは、PDなどで異常に蓄積するαSを標的に、抗体やワクチンで免疫反応を起こし、病的タンパクを除去して進行を遅らせることを狙う疾患修飾療法です。現在は主に臨床試験段階で、安全性や有効性が検証されています。初期PD患者さんを対象にしたPrasinezumab、Cinpanemabなどのモノクローナル抗体を用いた第2相臨床治験では、有意な差を得ることが出来ませんでした。
*4.エキセナチド(Exenatide)
(エキセナチドのパーキンソン病治療効果は確認されず;第3相臨床試験〈2025/3/4掲載〉)を参照して下さい。
*5.疾患修飾療法(Disease-modifying therapy: DMT)
DMTとは、疾患の原因となっている物質を標的として作用し、疾患の発症や進行を抑制する治療法のことを言います。しばしば症状改善薬と対比的に用いられ、免疫に作用する薬が多くみられる関節リウマチ治療薬や、アルツハイマー病や多発性硬化症などの神経変性疾患で用いられることが多いです。
*6.STEM-PD
STEM-PDは、ヒトESCから分化させたドパミン作動性ニューロンを用いる細胞治療製品候補です。PD患者さんの線条体に移植し、失われたドーパミン神経機能の補完を目指します。製造はGMP(医薬品適正製造基準)に準拠して行われ、品質・安全性・有効性について前臨床評価が報告されています。STEM-PDは、欧州などで第1相/2相に相当する初期のヒト臨床試験が進行中の段階です。
*7.オープンラベル(Open label)
オープンラベル試験とは、参加者にも医師や研究者にも、どの治療や薬を使っているかがわかっている試験です。長期の安全性確認や、初期段階の有効性確認で使われることがあります。日本の公的な治験情報でも、オープンラベル試験は「非盲検」として記載される例があります。
*8.ジスキネジア(Dyskinesia)
ジスキネジアとは、口をもぐもぐさせる・舌を左右に揺らす・手が常に動いているなど、自分の意志では止めることができない不自然で不規則な動きのことを指します。ジスキネジアは、老化などによって大脳の基底核と呼ばれる部位に何らかの障害が生じることによって引き起こされると考えられています。また、抗精神病薬を長期間にわたって服用すると、脳の機能が変化してジスキネジアを発症することがあります。

文献1
Paul, G. et al., Human embryonic stem cell-derived dopaminergic cells for Parkinson’s disease: a phase 1/2 open-label trial.Nat Med 32, 3449-3457 (2026).