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2021/6/1

リソソーム蓄積病における新型コロナウイルス感染症のパラドックス

文責:橋本 款

慢性的な基礎疾患に罹患している人は、健康な人に較べて新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症度は増大することはよく知られています。興味深いことに、ゴーシェ病(GD; Gaucher disease)においてはグルコシルセラミドの蓄積が慢性的な炎症を引き起こすにもかかわらず、COVID-19の重症度は変わらないことが報告されており、COVID-19の病態におけるリソソーム(Lysosome)の役割を理解する上で重要かも知れません。このような理由で今回は以下の論文を取り上げます。


論文1.
Luca Fierro et al., Gaucher disease and SARS-CoV-2 infection: Experience from 181 patients in New York. Mol Genet Metab 2021, 132(1):44-48.


[背景]

GDでは、β-グルコセレブロシダーゼ(β-glucocerebrosidase)遺伝子の変異によりスフィンゴ糖脂質(Sphingolipid)が蓄積し慢性的な炎症を引き起こすため、COVID-19がより重症(罹患率、及び、死亡率)になると懸念される。さらに、GDの治療として行なわれる酵素補充療法(ERT;enzyme replacement therapy) や基質合成抑制療法(SRT;substrate reduction therapy)、脾摘出のCOVID-19に対する影響を明らかにしておくのが望ましい。

[方法]

  • ニューヨーク市マウント・サイナイ地区のアイカーン医科大学校におけるリソソーム蓄積病(LSDs; Lysosome storage diseases)プログラムに2020年6-8月の間に登録された181人のGD 患者を対象にCOVID-19感染の特徴を検討した(断面コホート研究)。
  • 150人が大人(平均50歳)で31人が子供(平均9歳)、78%が治療中(ERTまたは、SRT)であった。COVID-19への暴露、症状、及び、β-グルコセレブロシダーゼ遺伝子変異のタイプ(N370S, R496H, 84GG,,,,など)、治療歴、脾摘出、PCR検査/血清抗体価などを直接、オンライン、電話で調査した。

[結果]

  • 85%がAshkenazi Jewishを祖先にもち、61%がp.N409S(N370S)のホモ接合であった。
  • 25%は少なくともCOVID-19の1つの症状を、10%が3つ以上の症状;咳 (46%)、疲労(46%)、発熱(43%)、を呈した。
  • 45人がCOVID-19の患者との濃密接触者であり、そのうち、17人(38%)が少なくとも一つ以上のCOVID-19の症状を呈した。
  • 88人の大人のGDのうち、16人(18%)がSARS-CoV-2抗体陽性であり、陰性のGDよりも有意に症状が多かった(4.4 vs 0.3, p < 0.001)。
  • SARS-CoV-2抗体陽性のGD患者では、中等度以上の抗体値の上昇が見られた。
  • 大人のGD患者において、男性、高齢、BMIの増加、罹患率、セレブロの遺伝子変異、脾臓摘出のいずれもCOVID-19の症状やSARS-CoV-2抗体陽性との相関関係は無かった。
  • 10人の小児に少なくともCOVID-19の1つの症状が認められ、発熱(26%)が最も多かった。
  • どのGD患者もCOVID-19の治療は必要とせず、死亡者はいなかった。

[考察]

  • GDの特徴である男性、高齢、BMIの増加、罹患率、β-グルコセレブロシダーゼの遺伝子変異、脾臓摘出はCOVID-19の重症度の危険因子になり得るが、今回のコホート研究においては、それらとCOVID-19の症状やSARS-CoV-2抗体陽性との相関関係は確認できなかった。
  • 3型GDはしばしば、肺や神経学的に異常を伴うことが知られているが、今回対象になった3名はそれらの異常は軽度にしか認められなかったので、COVID-19の重症度と3型GDの関係は決定的なことは言えない。
  • GDの治療の一つのSRTでは、グルコセラミド合成阻害剤であるeliglustatを服用する。以前、グルコセラミド合成阻害剤はイン・ビトロでCOVID-19に保護的に作用することが報告されたが、ERTで治療中の患者と較べて、COVID-19の症状に差を認めなかった。
  • GDでCOVID-19の重症度が軽減するメカニズムは不明だが、一つの可能性として、ナチュラルキラー細胞の形質がヘルパーT細胞寄りになって、B細胞が増殖し抗体を産生するのでSARS-CoV-2の感染を抑えやすくなる可能性がある。実際、GD患者では、中等度以上のSARS-CoV-2抗体値の上昇が見られた。

[結論]

  • 今回のコホート研究から、GDは、COVID-19の重症度に対する危険因子とはならないと予想される。しかしながら、この結果は一つのセンターによるものであり、今後、多くの異なる地域の拠点で確認する必要がある。

注目すべきことに、ゴーシェ病とほぼ同様にCOVID-19の重症度が緩和することが、ニーマン・ピック病やファブリー病においても述べられていることから、これらの結果は、LSDsに共通した現象であり、COVID-19の治療薬開発のヒントになるかも知れません。


1.
Luca Fierro et al., Gaucher disease and SARS-CoV-2 infection: Experience from 181 patients in New York. Mol Genet Metab. 2021, 132(1):44-48.
2.
Ballout RA et al., The lysosome: A potential juncture between SARS‐CoV‐2 infectivity and Niemann‐Pick disease type C, with therapeutic implications. FASEB J. 2020, 34(6): 7253–7264.
3.
Pieroni M et al., Potential resistance to SARS-CoV-2 infection in lysosomal storage disorders. Clinic Kidney J. 2021, 14(5): 1488–1490.