キプロス大学のレオンディオス・コストリキス教授が、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のデルタ株とオミクロン株の特徴を併せ持つ混合ウイルス「デルタクロン株」を発見したという報告が注目されています。この種の結果は実験室汚染の可能性を否定出来ないこともあり、しばらくの間、懐疑的に扱われていましたが、ヨーロッパの他の国で15例が確認され、さらに、最近、ブラジルからも同じ様な結果が報告されました。デルタ株の特徴は重症化リスクが高く、オミクロン株はこれまで分かっている株の中では最も感染力の強さが指摘されていますから、仮に、デルタクロン株がデルタ株とオミクロン株の両方の"悪い"特徴を併せ持つならば(図1)、憂慮すべき新しい株となる可能性もあります。したがって、今回は、medRxivに掲載された査読前の論文(文献1)を取り上げます。
文献1.
Philippe Colson et al., Culture and identification of a “Deltamicron” SARS-CoV-2 in a three cases cluster in southern France medRxiv, March 08, 2022. 
背景
2020年の夏より、SARS-CoV-2の多数の変異種が継続的に、あるいは、間欠的に世界中に広がっている。異なるバリアントが、同時に感染した例も数件報告され、ある一定の遺伝子に異なるバリアントのシグネチャー変異(Signature mutations)*1が見いだされ、遺伝子の組み換え*2が起きている事が推測された例もある。
目的
この研究は、南仏におけるに3例の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者において、デルタ株(Delta 21J/AY.4)とオミクロン株(Omicron 21K/BA.1)の合わさったリコンビナントウイルス「デルタクロン株」の遺伝子配列を次世代シークエンサー*3より同定することを目的とした。
方法・結果
- 現在、変異種のスクリーニングに用いているPCRとは別に、デュプレックスPCR(Duplex PCR)*4をデザインして用いた。さらに、走査型電子顕微鏡*5でスパイク部分の構造解析を行なった。
- ハイブリッドのゲノムは2つのウイルスに由来するシグネチャー変異(Signature mutations)*1を有し、シークエンス深度*6は良好であった(1,163-1,421回数読み、平均核酸多様性 0.1-0.6%)。
- 興味深いことに、デルタクロン株のスパイク部分は、デルタ株(Delta 21J/AY.4)を背景にして、オミクロン株(Omicron 21K/BA.1)のほぼ全長が入っていることが観察され、これは、2022年1月よりヨーロッパにおいて報告された15例のデルタクロン株と類似していた。
- 最後に、スパイク部分の構造解析の結果から、デルタクロン株において細胞膜へのウイルスの結合が最適化されていることが推定された。
結論
以上の結果より、南仏における3例のCOVID-19患者よりデルタクロンの感染が確認された。デルタクロンに関して、さらに、ウイルス学的、疫学的、臨床医学的研究を急ぐ必要がある。
用語の解説
- *1. シグネチャー変異(Signature mutations)
- (その株と)最も強く相関する遺伝子の変異パターン
- *2. 遺伝子組み換え(Genetic recombination)
- DNA配列間の相同性に基づいて起こる組換え反応。異なるタイプのウイルスが同じ細胞に同時に感染した際に起こりやすい。
- *3. 次世代シークエンサー(Next Generation Sequencer)
- 2000年半ばに米国で登場した、遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置。塩基配列を並列に読み出せるDNA断片数が、従来のDNAシーケンサーに比べて桁違いに多い。
- *4. デュプレックスPCR(Duplex PCR)
- マルチプレックスPCRは、同一反応における2種類以上の遺伝子配列を増幅し特異的に検出する方法であり、プレート当たりより多くの試料がアッセイ可能となり、サンプル使用量の減少および試薬使用量の減少が利点である。最も一般的なマルチプレックスはデュプレックスであり、ターゲット遺伝子のアッセイを、対照または標準化遺伝子と同一のウェルで行われる。
- *5. 走査型電子顕微鏡
- 電子顕微鏡の一種で、電子線を絞って電子ビームとして対象に照射し、対象物から放出される二次電子、反射電子、透過電子、X線、蛍光、内部起電力等を検出する事で対象を観察する。通常は二次電子像が利用される。
- *6. シークエンス深度(Sequence depth)
- 次世代シークエンサーは配列のエラー率が高いので、ゲノム上の同じ位置を繰り返して読む必要があり、その繰り返し数を深度(Depth)という。