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2022/4/5

新型コロナウイルス感染後の脳構造の変化:CT, PET, MRIなどによる解析

文責:橋本 款

最近、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)における脳神経系異常の重要性を反映して多くの研究が行なわれています。しかしながら、これまで行なわれてきた、CT, PET, MRI*1などの画像診断(イメージング解析)の大部分は、急性期の重症の患者さんを対象にして脳炎や脳血管障害の評価を主な目的にしたものであり(図1)、症状が比較的軽度の患者さんについての継続的なコホート研究に関する報告はありません。先月、「脳の霧」の回(2022/3/1投稿)に、COVID-19治癒後に、認知障害などの後遺症が現われることを報告致しましたが、このことからも、比較的軽度から中等度の多くの患者さんにおいて何らかの脳の構造的・機能的障害が起きているものと推定されます(図1)。このような可能性は、今回取り上げました英国バイオバンク(UK Biobank)*2の脳のイメージングデータの解析に関する論文(文献1)からも支持されます。


文献1.
Douaud G et al, SARS-CoV-2 is associated with changes in brain structure in UK Biobank Nature, Published: 07 March 2022


背景

COVID-19において脳神経系異常が現われることはよく知られているが、比較的軽度から中等度の多くのCOVID-19患者さんに脳神経系異常が認められるかどうか、また、このことが脳神経病理に貢献するかは不明である。

目的・方法

UK Biobankに登録された785人(51-81歳)の2回の脳イメージングのデータを解析した(方法の詳細に関しては原著を参照してください。)。内訳は2回の検査(141日間隔)の間にSARS-CoV-2に感染した401人と、無感染のコントロール384人である。感染する前のイメージングデータを利用出来るので、感染か感染以外の原因による結果かを判断できる。

結果

SARS-CoV-2感染有る無しの2つのグループに対するイメージングの結果を継続的に比較すると、いくつか有意差のある結果が得られた。

  • まず、灰白質*3の厚さ、眼窩前頭皮質*3や海馬傍回*3の組織のコントラストが、感染グループで減少していた。
  • コントロールに較べて、感染グループで脳全体のサイズが小さくなっていた。
  • また、感染グループにおいて、大脳嗅皮質*3に機能的に繫がる領域に組織のダメージに関連した変化が認められた。
  • さらに、感染グループで認知機能が低下していることがわかった。
  • 重要なことに、15人の入院患者(重症患者)を除外しても上記のイメージングの差、及び、認知機能低下は有為に認められたことから、比較的軽度から中等度の多くの患者においても同様な結果が得られたと考えられた。

結論

これらのイメージングの結果は、神経炎症性イベントや臭覚障害による感覚性入力の喪失による嗅覚経路の病変を介した神経変性変化を反映していると思われる。これらの異常な結果が改善されるか、それとも、長期的に続くのかを見守る必要がある。

用語の解説

*1. CT, PET, MRI
  • CT(Computed Tomography); 放射線などを利用して物体を走査しコンピューターを用いて処理することで、物体の内部構造を画像として構成する技術、あるいはそれを行うための機器。
  • PET(Positron emission tomography); ポジトロン断層法とは陽電子検出を利用したコンピューター断層撮影技術である。CTやMRIが主に組織の形態を観察するための検査法であるのに対し、PETは、生体の機能を観察することに特化した検査法である。主に中枢神経系の代謝レベルを観察したり、腫瘍組織における糖代謝レベルの上昇を検出して癌の診断に利用する。
  • MRI(Magnetic resonance imaging);核磁気共鳴(NMR)現象を利用して生体内の内部の情報を画像にする方法である。磁気共鳴映像法ともいう。
*2. 英国バイオバンク(UK Biobank)
UK Biobankは、遺伝的素質やさまざまな環境曝露(栄養、生活様式、薬物療法など)が疾患に対して与える影響を調査する、イギリスの長期大規模バイオバンク研究であり、この研究ではイギリスの中高年(40から69歳)のボランティア約50万人を追跡している。2006年から4年間で登録を行い、その後最低30年間は追跡調査を行う。
*3. 灰白質、眼窩前頭皮質、海馬傍回、大脳嗅皮質
  • 灰白質とは、中枢神経系組織の中で、神経細胞の細胞体が集まる領域を指す。中枢神経組織の断面を肉眼的に観察したとき、白質よりも色が濃く灰色に見える。
  • 眼窩前頭皮質(Orbitofrontal cortex)は、脳の前頭前野の腹側表面で、意思決定に重要な役割を果たす。
  • 海馬傍回(Parahippocampal gyrus)は海馬の周囲に存在する灰白質の大脳皮質領域、 大脳内側面の脳回のひとつである。この領域は記憶の符号化及び検索において重要な役割を担っている。
  • 嗅皮質(Olfactory cortex)は、嗅球の投射神経である僧帽細胞、房飾細胞から直接入力がある大脳皮質領域である。大部分は三層構造からなり「古皮質」に分類される。嗅皮質の神経は特定の組み合わせの受容体からの情報を統合する機能を持ち、より高次中枢からのトップダウン入力を受けるため、末梢からの嗅覚情報と高次情報を連合する役割を持つと考えられている。

今回の論文のポイント

本論文の結果から判断すれば、比較的軽度から中等度の多くのCOVID-19の患者さんにおいて脳の構造的・機能的障害が起きているものと推定されます。今後、それらが改善するかどうか、あるいは、将来的に、認知症やその他の脳神経系の疾患に移行しないか注意して見守る必要があります。


文献1
Douaud G et al, SARS-CoV-2 is associated with changes in brain structure in UK Biobank Nature, Published: 07 March 2022