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2022/4/26

コロナ禍における自殺の増加

文責:橋本 款

新型コロナ感染症(COVID-19)においては、肺炎やその合併症など新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による直接的な作用だけでなく、アルコール関連死(肝不全や依存症)などSARS-CoV-2がもたらす関接的な作用も考慮しなければならないことを述べました。この範疇には、ワクチン接種に伴う副反応や行動制限による小児の成長に対する悪影響などの問題が含まれます(図1)。それらに加えて、コロナ禍で不安やストレスが原因となり、自殺が増加した可能性が問題となっていますが、これもコロナの関接的作用として重要です。これに関連して、我が国の研究者により、COVID-19の影響で失業率が増加し、社会経済基盤の弱い若年女性を中心に自殺が増加している可能性が「JAMA Open Network」(2022年3月30日)に発表されましたので(文献1)、この論文を取り上げます。


文献1.
Horita N and Moriguchi S, Trends in Suicide in Japan Following the 2019 Coronavirus Pandemic JAMA Netw Open. 2022;5(3):e224739.


背景・目的

現在、日本の自殺数は経済協力開発機構(OECD; Organization for Economic Cooperation and Development)に加盟する33カ国中第4番目に多いことが知られている。日本の自殺者数は2010年以降10年連続減少したが、2020年にCOVID-19が流行し生活習慣が変わった結果、多くの人が不安やストレスを抱える状態になり、その終息にめどが立たない中、2020年7月以降は自殺者数が増加傾向に転じた。したがって、COVID-19パンデミックと自殺の問題についてより深く検討する必要がある。本研究は、日本におけるCOVID-19の自殺に対する影響を評価した。

方法

厚生労働省の死亡統計データから、2009年1月から2021年9月までの日本における自殺数に関して後ろ向きコホート研究*1 を行なった。尚、2020年4月から2021年9月(日本ではCOVID-19流行が2020年1月から2021年5月に起きた)の人口10万人当たりの月ごとの自殺件数は、それまでの結果に基づいた重回帰分析*2(年、月、ダミー変数*3 )により予測した。

結果

  • 2020年度の人口10万人当たりの実際の自殺件数は、2009年度から2019年度までの実績に基づく予測値に比べて、男性で17%、女性で31%増加していることを確認した。
  • また、自殺による死亡の増加は同時期の失業率と連動しており、20代女性の自殺率は72%増加していた。季節による差は認められなかった。

結論

  • 以上の結果より、COVID-19のパンデミックに伴い、特に女性や若者の自殺者数が増加している状況となった。この結果は、新型コロナ禍の影響で、失業率が増加し、社会経済基盤の弱い若年女性を中心に自殺が増加している可能性を示唆している。
  • 我々の結果は、ドイツからの報告(Benke et al, Psychological Medicine 2020)に似ている。すなわち、COVID-19による外出禁止令により社会的行動が制限され、不安や寂寥感が増すことにより、特に若年者の自殺の危険性が増すと思われる。

用語の解説

*1. 後ろ向きコホート研究
縦断研究の1つで、特定の条件を満たした集団(コホート)を対象にして診療記録などから過去の出来事に関する調査を行う研究手法を指す。対象となった集団の特定の「要因」と、ある病気の発症や治療経過など「複数のアウトカム」との関連について分析することができる。
*2. 重回帰分析Multiple Regression Analysis
目的変数(従属変数)と説明変数から予測・説明する、と仮定した際に用いる統計手法。要因分析や売上げの予測に使われる最もスタンダードな多変量解析。
*3. ダミー変数
重回帰分析は数字などの量的データによって行うが、それ以外の事柄でも数字に変換し、分析に取り入れることができる。そのときに使われるのが「ダミー変数」で、具体的には、数字ではないデータを「0」と「1」だけの数列に変換する。この手法をうまく活用することで、重回帰分析に取り入れる要素を広げることができる。

今回の論文のポイント

  • 本論文により、我が国において、COVID-19による自殺の増加は失業率と連動し、若年女性で顕著であることが確認されました。。
  • 以前にSARS-CoV-2により精神神経疾患が促進されることを述べましたが、中でも、不安障害やうつ病性障害などは自殺の原因となります。したがって、これらの精神疾患が不安やストレスにより顕在化している可能性があります。

文献1
Horita N and Moriguchi S, Trends in Suicide in Japan Following the 2019 Coronavirus Pandemic JAMA Netw Open. 2022;5(3):e224739.