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2022/5/10

新型コロナ感染症(COVID-19)と血栓・塞栓症

文責:橋本 款

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染すると、無症状でも、また、年齢にかかわらず、静脈血栓・塞栓症*1 のリスクが高まることはよく知られており(剖検では半数以上に下肢深部静脈血栓が認められたという報告もあります)、COVID-19の大きな特徴の一つです。また、COVID-19では普通の風邪と異なり、罹患後の症状が長引く人がおり、静脈血栓・塞栓症のリスクに関しても後遺症になることが懸念されます(図1)。今回は、COVID-19罹患後において、静脈血栓・塞栓症のリスクが高い期間があるか、あるいは、パンデミック中にリスクが変化するか、また、出血リスクも高めるかについて、スウェーデンにおけるCOVID-19感染者に対して国家規模で検討した論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Katsoularis I, et al., Risks of deep vein thrombosis, pulmonary embolism, and bleeding after covid-19: nationwide self-controlled cases series and matched cohort study BMJ (Clinical research ed.) (2022) 377; e069590


【背景・目的】

これまで、COVID-19と血栓に関する論文は多数発表されているが、COVID-19罹患後の静脈血栓・塞栓症に関して大規模なレベルで解析した報告はない。本研究は、COVID-19罹患後に深部静脈血栓症、肺塞栓症、及び、出血を定量的に評価することを目的とした。

【方法】

  • スウェーデン公衆衛生庁の感染症サーベイランスシステムを用い、2020年2月から2021年5月までの期間におけるSARS-CoV-2検査陽性例(初感染者のみ)の個人識別番号を特定して、スウェーデンのCOVID-19全患者約105万7,174例を自己対照ケースシリーズ研究(Self-controlled case series; SCCS)*2で解析した。
    リスク期間(COVID-19発症後1~7日目、8~14日目、15~30日目、31~60日目、61~90日目、91~180日目)における初回深部静脈血栓症、肺塞栓症または出血イベントの発生率比(incidence risk ratio; IRR)*3を算出し、対照期間(2020年2月1日~2021年5月25日のうち、COVID-19発症の-30~0日とリスク期間を除いた期間)と比較した。
  • さらに、陽性者1例につき年齢、性別、居住地域をマッチさせた陰性者4例を特定し、入院、外来、死因、集中治療、処方薬等に関する各登録とクロスリンクしたマッチドコホート研究*2(コントロール407万6,342例)を行なった。COVID-19発症後30日以内における初回および全イベントのリスク(併存疾患、がん、手術、長期抗凝固療法、静脈血栓・塞栓症の既往、出血イベント歴で補正)を対照群と比較した。

【結果】

  • SCCS研究;対照期間と比較し、深部静脈血栓症はCOVID-19発症後70日目まで、肺塞栓症は110日目まで、出血は60日目までIRRが有意に増加した。とくに、初回肺塞栓症のIRRは、COVID-19発症後1週間以内(1~7日)で36.17(95%信頼区間[CI]:31.55~41.47)、2週目(8~14日)で 46.40(40.61~53.02)であった。また、COVID-19発症後1~30日目のIRRは、深部静脈血栓症5.90(5.12~6.80)、 肺塞栓症31.59(27.99~35.63)、出血2.48(2.30~2.68)であった。
  • マッチドコホート研究;交絡因子補正後のCOVID-19発症後1~30日目のリスク比は、深部静脈血栓症4.98(95%CI:4.96~5.01)、肺塞栓症33.05(32.8~33.3)、出血1.88(1.71~2.07)であった。率比は、重症COVID-19患者で最も高く、スウェーデンでの流行の第2波および第3波と比較し第1波で高かった。同期間におけるCOVID-19患者の絶対リスクは、深部静脈血栓症0.039%(401例)、肺塞栓症 0.17%(1,761例)、出血0.101%(1,002例)であった。

【結論】

本研究の結果は、COVID-19罹患後においても深部静脈血栓症、肺塞栓症、出血のリスクが高いことを示している。したがって、COVID-19治癒後において静脈血栓に対する診断、予防治療を行なうことが推奨される。

用語の解説

*1. 静脈血栓・塞栓症
深部静脈血栓症とは、足の静脈に血栓が生じることによって静脈の閉塞が起こり、足の腫れや赤みなどが現れる病気である。この深部静脈血栓症によって生じた血栓が血流に乗り肺に到達すると、肺動脈を閉塞し、肺血栓塞栓症が起こる。まとめて「静脈血栓・塞栓症」と総称され、「エコノミークラス症候群」と呼ばれることもある。
*2. 自己対照ケースシリーズ研究(Self-controlled case series; SCCS)、マッチドコホート研究
自己対照ケースシリーズはアウトカムが発生した人のみを対象に個人内比較を行う方法で、同じ人の中で曝露の影響がある期間とない期間のアウトカムの発生を比較する。コントロール(対照者)を設定するマッチドコホート研究に比べて、時間とともに変化しない交絡要因(調べようとする因子以外の病気の発生に影響する因子)を排除できる利点がある
*3. イベントの発生率比(incidence rate ratio; IRR)
慢性疾患の疫学研究でリスク要因への曝露の長期的な影響を評価する場合や、生存解析などでは疾病発生の指標として疾病発生率(incidence rate)を用いる。疾病発生率とは、リスク集団の観察人一時間1単位当りの期待疾病発生数で疫学研究のデザインと相対リスクの推定あり、曝露グループと非曝露グループの疾病発生率の比(IRR)が相対リスクのもう一つの定義である。

今回の論文のポイント

  • COVID-19罹患後においても深部静脈血栓症、肺塞栓症、出血のリスクが高いので、注意が必要です。
  • 血栓・塞栓症の治療に関しては、抗凝固療法が有効ですが、COVID-19が血栓・塞栓症を促進するメカニズムを明らかにして、発症を予防することが重要です。
  • コロナ禍における在宅勤務であまり身体を動かさないでいると下肢静脈に血栓が生じて、エコノミークラス症候群を発症する可能性があるので気を付けましょう。適度な運動が推奨されます。

文献1
Katsoularis I, et al., Risks of deep vein thrombosis, pulmonary embolism, and bleeding after covid-19: nationwide self-controlled cases series and matched cohort study BMJ (Clinical research ed.) (2022) 377; e069590