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2022/5/24

アルツハイマー病におけるCOVID-19に対する降圧剤治療の有効性

文責:橋本 款

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の後遺症として認知障害が現れることがありますが(“脳の霧”;2022年3月1日を参照)、対照的に、アルツハイマー病(AD)の患者さんはCOVID-19に罹患しやくなります。このように、COVID-19とADは、お互いに促進し合いますが、その機序の一つとして、両者は、高血圧、肥満やII型糖尿病など、いくつかの共通した危険因子を有することが考えられ、このことは治療開発にも重要です(図1)。近年、高血圧の治療においては、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(Angiotensin receptor blockers; ARBs)*1が頻繁に使用されますが、興味深いことにARBsにADの予防効果があることが疫学的に示されてきました。これに関連して、今回は、ARBs使用はADおよび軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment; MCI*2)の患者さんにおけるCOVID-19発症リスクの低下に有意な影響を及ぼすことを報告した論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Ying Wang et al, Clinical outcomes of COVID-19 infection among patients with Alzheimer's disease or mild cognitive impairment. (2022), Alzheimer's & dementia 18(5);911-923.


【背景・目的】

高血圧はCOVID-19とADの共通した危険因子である。近年、高血圧の治療薬ARBsにADの予防効果があることが知られていることから、本研究においては、ADおよび軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment; MCI*2)の患者さんにおいてCOVID-19発症リスクがARBs使用により抑制される可能性を検討する。

【方法】

対象は、2020年2月28日から2020年11月19日まで新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染の検査を行った退役軍人(n=436,823、50~90歳)。AD(n=5128)、または、MCI(n=26,330)を有する場合と認知障害のない場合におけるCOVID-19の影響を比較するため、古典的スコアと傾向スコアの加重ロジスティック回帰分析*3を実施し、ARBs/アンジオテンシン変換酵素阻害薬(Angiotensin-converting enzyme inhibitors; ACEIs)*1使用の影響を後ろ向き*4に評価した。

【結果】

  • ADと感染率および死亡率の増加との間に、統計学的に有意な関連が認められた。
    感染率;ADとnon-ADのオッズ比(OR) =1.565, 95% CI [1.383, 1.769]
    死亡率; OR = 1.653, 95% CI [1.219, 2.242]
  • MCIは、感染のリスク因子であるとは認められなかったが、MCIを有する患者は、臨床アウトカムが不良であった。
    感染率;MCIとnon-MCIのOR = 0.953, 95% CI [0.895, 1.014]
    入院;OR = 1.370, 95% CI [1.113, 1.686]
    集中治療室;OR = 1.290, 95% CI [1.113, 1.686]
    死亡率;OR =1.265, 95% CI [1.022, 1.565]
  • ARBsの使用により、ADおよびMCIの患者におけるCOVID-19発症リスクの有意な低下が認められたが、ACEIsでは認められなかった。

【結論】

本論文の結果より、ARBs使用はADおよびMCIの患者さんにおけるCOVID-19発症リスクの低下に有効であると考えられた。このように、ADおよびMCIにおけるCOVID-19の影響を減少させるためには、既存薬による効果を調査することが重要であろう。

用語の解説

*1.
アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARBs)はアンジオテンシンⅡが作用する受容体(特にAT1受容体)を直接的に阻害して昇圧系を抑制する。アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE inhibitors)はアンジオテンシンⅠからⅡへの変換を阻害して昇圧系を抑制するほか、カリクレイン-キニン系を刺激して降圧系を促進する。
*2.
軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment; MCI)は、ADによる認知症の一歩手前の状態。認知症におけるもの忘れのような記憶障害が出るものの症状はまだ軽く、正常な状態と認知症の中間と言える。
*3
傾向スコアは、無作為割付が難しく様々な交絡が生じやすい観察研究において、共変量を調整して因果効果を推定するために用いられるバランス調整の統計手法である。ロジスティック回帰分析は、いくつかの要因(説明変数)から「2値の結果(目的変数)」が起こる確率を説明・予測することができる統計手法で、多変量解析の手法の1つ。
*4
縦断研究の一つで、一定の期間を経て後ろ向きにデータをとる。研究を開始する時点から、過去にさかのぼって疾患や障害を引き起こした要因にさらされたかどうかを調べる方法で、研究期間が短期間で済むメリットがあるが、対照を選ぶ際や仮説を立てる際、研究側のバイアスがかかりやすいのがデメリットである。

今回の論文のポイント

  • 今回の結果から、高血圧がアルツハイマー病とCOVID-19の共通した危険因子であることから、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(降圧剤)の使用がアルツハイマー病の患者さんにおけるCOVID-19に対して予防的に作用する可能性が示唆されました(図1)。
  • 同様に、糖尿病や高コレステロール血症などもアルツハイマー病とCOVID-19に共通した危険因子ですから、メトホルミン、あるいは、スタチンなどがアルツハイマー病のCOVID-19発症リスクに対して予防的に作用する可能性が想定されます(図1)。
  • 軽度認知障害を有する患者は、アルツハイマー病の患者さんに較べて臨床的アウトカムが不良であったのは、もし、再現性が得られれば、メカニズムや治療研究に重要な知見かも知れません。

文献1
Ying Wang et al, Clinical outcomes of COVID-19 infection among patients with Alzheimer's disease or mild cognitive impairment. (2022), Alzheimer's & dementia 18(5);911-923.