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2022/6/7

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)後遺症のメカニズム

文責:橋本 款

COVID-19の治療に関しては、ワクチンや治療薬の開発が中心なのは言うまでもありませんが、これに加えて、最近では、COVID-19の後遺症が大きな社会問題となり、その治療にスポットが当たるようになりました。COVID-19の後遺症は、倦怠感、微熱、呼吸困難、嗅覚・味覚障害、脱毛、うつ、認知機能の低下、新たな糖尿病の発症など多岐に渡りますが、そのメカニズムに関しては、未だにはっきりしない点が多く、さまざまな説が報告されています(図1)。COVID-19治癒後に後遺症が出るかどうかを予測できるようなマーカーを同定し、それに基づいて早期に治療を開始する必要があります。このような背景で、今回は、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のPeluso博士らが最近発表した総説論文(文献1)を紹介致します。


文献1.
Peluso MJ and Deeks SG., Early clues regarding the pathogenesis of long-COVID, (2022), Trends Immunol. 2022 Apr;43(4):268-270.


【COVID-19後遺症の予測】

最近、COVID-19後遺症の予測因子・決定因子に関して、精力的な研究が行われているが、それらの最終的な目標は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)、あるいは、その宿主であるヒトから後遺症の予防、回復治療に使えるような標的を同定することである。

COVID-19の後遺症は‘PASC;post-acute sequelae of SARS-CoV-2 infection’、‘long COVID’など、いろいろな名前で呼ばれているが、アメリカ合衆国議会はPASCに対して10億ドルの研究費を割り当てた。現在、NIH(アメリカ国立衛生研究所)は、RECOVER (Researching COVID to Enhance Recovery)と称する大きなプロジェクトを実行中であり、英国やその他の国々もいくつかのプロジェクトを進めている。今やPASCは重要な優先プロジェクトになった。

何十もの疫学研究の大部分が電子医療記録に記載されているPASCの自然経過に関して述べている。概して、これらの研究では、性差、最初にCOVID-19に罹患した時の重篤度、肥満、糖尿病や慢性肺疾患の併存、社会経済的状況が影響すると報告している。

【COVID-19後遺症の病理】

  • ワシントン州シアトルにあるシステム生物学研究所(Institute for Systems Biology)の報告では、200人以上の患者をマルチオミクス解析*1で2-3ヶ月にわたり縦断的にフォローした。その結果、PASCの促進因子として、すでに糖尿病に罹患していたかどうか、血液中のSARS-CoV-2の濃度の上昇、COVID-19感染中のEpstein-Barr virus (EBV)*2 の再活性化、I型インターフェロンなどに対する自己抗体が出現したかどうか、などが原因になり得ることが考えられた。
  • Cerviaらの異なる報告では、COVID-19感染期間中の免疫グロブリンの変化がPASCの出現に関係した。特に、IgMとIgG3の力価が減少したが、I型インターフェロンの産生の減少が免疫グロブリンのアイソタイプスイッチ*3の原因になるのではないかと推測した。
  • また別のLiuらは、PASCにおける神経精神症状や肺・呼吸器系の症状は腸内細菌のアンバランスが関係している可能性を示した。
  • これらの、及び、現在検討中の結果を統合すると、PASCの原因として、SARS-CoV-2の抗原が残存していること、全身性の、あるいは、局部に限局した炎症反応が残っていること、ヘルペスウイルス(e.g. EBV)の再活性化、腸内細菌の変化、血栓に関係した問題、SARS-CoV-2に特有の自己免疫異常、などの現象が関係していると思われた(図1)。

【結論】

  • 現時点では、参加者の入院歴とCOVID-19の重症度があまり相関しない、そもそも、COVID-19で入院する割合は少ない。PASCの程度をWHO(世界保健機構)の定義に沿って厳密に評価していない。PASCの症状がCOVID-19によるものなのか、従来、持ち合わせた病気の症状なのか区別しにくい。最も大事なことは、PASCが生活の質に与えるインパクトを評価していない。など多くの問題点・限界がある。
  • 将来的には、客観的な身体機能の測定(心肺機能の測定、神経学的検査、組織に基づいた計測など)を加える必要があり、検査の不均一性を無くすことが望ましい。これらは、最近、始まった米国のRECOVERプロジェクトなどでは考慮されている。このような努力により、複雑な生物学であるPASCの原因を紐解きPASCを予防し、治療することが出来るだろう。
  • 本論文で述べたようなメカニズムを指標にして治療に関する仮説をテストすることができる。例えば、COVID-19の回復期におけるワクチン、抗ウイルス薬やモノクローナル抗体をウイルスの力価を指標にして投与できる。また、炎症や自己免疫仮定を指標にして、免疫調節剤の効果を評価できる。究極的には、PASCに対し、疫学的、臨床的、翻訳的、基礎医学的な総合的な治療を行なうための理解が必要である。

用語の解説

*1. マルチオミクス解析;
身体の中に存在している分子を網羅的にまとめた情報のことを「オミクス」といい、この情報を用いた解析をオミクス解析(またはオミックス解析)という。 さらに、さまざまなオミクス情報を用い、複数のオミクスに跨るようにして行われる解析を「マルチオミクス解析」という。
*2. Epstein-Barr virus (EBV);
ガンマヘルペスウイルス亜科に属し、エンベロープを有するdsDNAウイルスである。まれではあるが免疫機能が低下する疾患によりEBVが再活性化し、発熱の原因となることがあるため、不明熱の一因として考慮する必要がある。
*3. アイソタイプスイッチ;
免疫グロブリンはB細胞で生成され、またB細胞が最初に生成するヒトの免疫グロブリンはIgMであり、そこからクラススイッチによって、その他のクラスの免疫グロブリンに変化する。クラススイッチとは、免疫反応で生産される免疫グロブリンの定常領域(Fc領域)が、抗原などの刺激により可変部を変えずにIgMからIgGやIgEなどへと変換することである。免疫グロブリンクラススイッチ、またはアイソタイプスイッチともいう。H鎖の定常領域(Fc領域)がクラススイッチを起こす。

今回の論文のポイント

  • COVID-19治癒後に後遺症が出るかどうかを予測できれば、COVID-19後遺症の早期に治療を開始することが可能になるため、米国を始め、多くの国で大規模なプロジェクトが始まりました。
  • 既に、COVID-19後遺症に対するワクチンの有効性を認めたという報告があることからも治療に介入出来る可能性は大きいと期待されます。

文献1
Peluso MJ and Deeks SG., Early clues regarding the pathogenesis of long-COVID, (2022), Trends Immunol. 2022 Apr;43(4):268-270.