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2022/7/7

アストラゼネカのCOVID-19抗体カクテル療法*1

文責:橋本 款・丹野秀崇

現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療はワクチン接種が中心ですが、ワクチンは能動免疫*2であり、時間がかかるので急を要する場合には使えない、また、免疫異常がありワクチンの効果が期待出来ない人には使いにくいなどいくつかの難点があります (図1)。したがって、ワクチン以外にも予防薬、治療薬を開発する必要があり、その一つが新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対する抗体治療による受動免疫*2です。このような状況で、アストラゼネカは、最近、COVID-19の発症抑制及び治療を適応とした「AZD7442」を開発しています。今回は、高リスク集団を対象とする第III相臨床試験において、AZD7442のCOVID-19に対する長期予防効果を確認した結果 (文献1) を紹介致します。


文献1.
Levin, MJ et al., Intramuscular AZD7442 (Tixagevimab–Cilgavimab) for Prevention of Covid-19, N Engl J Med. 2022; 386:2188-2200,


【背景】

AZD7442は、COVID-19回復期の患者より提供されたB細胞に由来する2種類の長時間作用型抗体(LAAB)*3であるTixagevimab(チキサゲビマブ)とCilgavimab(シルガビマブ)を併用した抗体カクテルを開発した。半減期延長技術*3を適用し、1回の投与後少なくとも6カ月間、 ウイルスからの保護が持続されることが示されていた。

【目的】

高リスク集団(COVID-19のワクチン接種に対して異常反応が起きる危険が高い人、あるいは、SARS-CoV-2に暴露する可能性の高い人、いずれも18歳以上)を対象として、第III相臨床試験で、AZD7442のCOVID-19に対する有効性と長期予防効果を確認する。

【方法】

  • 参加者はランダムに2:1に分けられて、300mg のAZD7442(tixagevimab, cilgavimab)または、生理的食塩水(偽薬)を筋注で投与し、接種後から183日追跡した。
  • 主要評価項目(primary endopoint)は、安全性に関しては有害現象の発症で、有効性に関してはRT-PCRによるSARS-CoV-2の検出で、183日までの間に評価した。

【結果】

  • 参加者総数5,197人をランダムにグループ分けし、3,460 人にAZD7442 を、 1,737人に生理的食塩水を筋注で投与し、初回の評価は、30%の参加者がランダム化の割当に気付いた時点で行なった。
  • AZD7442 を投与したうちの1,221人(35.3%)、偽薬を投与したうちの593人(34.2%)に少なくとも一種類の有害現象が認められたが大部分は軽度から中程度であった。
  • 症候性のCOVID-19はAZD7442 を投与したうちの8人(0.2%)、偽薬を投与したうちの17人(1.0%)に認められ、相対危険度は76.7%低下した*4。その後、約6カ月で相対危険度の低下*4は82.8%であった。
  • 5人が重篤なCOVID-19 に罹患し、2人がCOVID-19関連で死亡したが、いずれも偽薬を投与したグループに属していた。

【結論】

今回の第三相臨床試験の結果から、AZD7442の安全性に問題なくCOVID-19の治療に有効であると判断した。

用語の解説

*1. 抗体カクテル療法
ウイルスは分裂増殖の速度が早く、遺伝子の変異が起こりやすい。従って、ある種のウイルスに有効な抗体医薬品を作製しても、標的タンパク質の構造が変化した変異株には効果が弱い可能性が考えられる。これに対抗するため、複数のモノクローナル抗体を混合して、1つの抗体への結合が弱い変異株が発生しても他の抗体が有効に作用する事を期待して使用する。
*2. 能動免疫、受動免疫
能動免疫は抗原を接種して、人体に抗体を作らせるもので、抗体が出来るまで2~3週間を要する。受動免疫は抗体を含むものを直接投与するものである。
*3. 長時間作用型抗体(LAAB: Long-Acting AntiBody)、半減期延長技術
アストラゼネカは、この2つの抗体とFc受容体および補体C1qとの結合を減弱させることで、半減期を延長しました。この半減期延長技術により、本剤の作用持続時間が通常の抗体に比べ3倍以上に延長し、1回の投与後最大12カ月間COVID-19の発症を予防することが可能となった。
*4. 相対危険度低下(Relative Risk Reduction)
治療の有効性を示す指標の1つで、比較対照の治療法のイベント発生率に対して、評価しようとする治療法のイベント発生率がどの程度下がったかを比率で示している。

今回の論文のポイント

  • 今回の論文の結果から、抗体カクテル療法がCOVID-19の予防治療に有効であり、薬価は、現時点では高額ですが、ワクチンと抗体を相補的に用いることにより、COVID-19の治療は効率的になるように思われます。
  • 以前に御伝えしましたように(2021年10月19日「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の抗体カクテル療法」)、抗体カクテル療法と言えば、中和抗体である「ロナプリーブ;カシリビマブ及びイムデビマブ」が有名ですが、最近の研究によるとロナプリーブはオミクロン株に対して中和活性が保てないようです、https://chugai-pharm.jp/content/dam/chugai/product/ron/div/doc/ron_chuwakasseii_report.pdf?viewas=3 。オミクロン株は、従来の変異株よりも多数の変異があり、複数の抗体カクテルをすり抜けて感染する(ニュートラリゼーション・エスケープ)可能性があります。同様に、今後、AZD7442をすり抜ける新しい変異株が現われるかも知れないので注意が必要です。

【本研究所がん免疫プロジェクト、丹野秀崇リーダーからのコメント】

本論文では抗体カクテル療法がCOVID-19の予防治療に有効であることが示されました。しかし、このような治療に活用できる有益な抗体を発見することはこれまで困難でした。抗体は重鎖・軽鎖から構成され、一つ一つの抗体産生細胞が異なる抗体を発現しています。そのため抗体の特徴を把握するには抗体産生細胞を一つずつ単離し、解析する必要があります。細胞は非常に小さく扱いづらいため、本手法では多数の抗体産生細胞を解析することができず、有益な抗体を迅速に発見することが困難です。一方、抗体カクテル療法をすり抜ける新規ウイルス株が出現した際には、ウイルスを中和できる抗体を迅速に見つけ出さなくてはなりません。本問題点を解決するために、私たちは、これまでに機能的な抗体を高速に見つけ出す技術を開発しています (TannoらScience Advances 2020;J LiらNeurology Neuroimmunology Neuroinflammation 2021)。本技術を活用することによって、当研究所では、新規ウイルス株が出現した際に、治療に使用可能な抗体を迅速に発見することが可能になりました。


文献1
Levin, MJ et al., Intramuscular AZD7442 (Tixagevimab–Cilgavimab) for Prevention of Covid-19, N Engl J Med. 2022; 386:2188-2200