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2022/7/12

COVID-19は熱中症のリスクを高める?

文責:橋本 款

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防において、マスク着用や手洗いは一人ひとりの基本的な感染対策として重要ですが、高温や多湿といった環境下でマスク着用は、熱中症のリスクが高くなる恐れがあります。マスク着用時は体の熱が放出されにくく、体内の温度が上昇する一方、口の中は湿っているため、水分が足りていると錯覚して脱水症状を起こす危険性があるからです。これ以外にも、外出自粛により体が暑さに慣れていないことも熱中症のリスクが高まる要因だと言うようにいくつかの機序が想定されています(図1)。なるほど、もっともらしく聞こえますが、科学的にはあまり示されていません。そこで論文を調べますと、COVID-19によるマスク熱中症が原因による救急搬送(HSAD; heatstroke-related ambulance dispatch)に関する解析が、長崎大からELSEVIER(エルゼビア)のScience of The Total Environmentというjournalに発表されていますので(文献1)、今回はそれを紹介致します。


文献1.
Hatakeyama K and Seposo X, Heatstroke-related ambulance dispatch risk before and during COVID-19 pandemic: Subgroup analysis by age, severity, and incident place, Science of The Total Environment 2022; 821: 153310


【背景】

2020年の夏はCOVID-19パンデミックの最中にあり、厚生労働省は、COVID-19予防のために、マスクを着用し、外出を控えることは、熱中症のリスクを増加させる可能性があることを警告していた。これに対して著者らは、この期間、熱中症による救急搬送数はCOVID-19期間中において寧ろ減少していることを報告していた(Hatakeyama K et al, 2022)。しかしながら、前回の論文では、COVID-19期間中における熱中症による救急搬送数の減少が、異なる脆弱な亜集団に対してどのような結果が観察されるかは解析しなかった。

【目的】

本研究においては、COVID-19期間中における熱中症による救急搬送数の減少が、年齢、重篤度、熱中症の起こった場所などの異なる亜集団に対しても同様な結果が観察されるかどうか検討することを目的にした。

【方法】

2017〜2020年夏季(6~9月)、47都道府県におけるHSADと気象学的データを元にして、時系列分析を行なった。

  • HSADとCOVID-19の間の相関性の有無を、最高気温、湿度、季節性の調節、および、関連する時間的調整などの2段階の分析を通して検討した。
  • 第一段階では、一般化線形モデル*1を用いて都道府県別の見積りを評価する。
  • その後、第二段階では、メタアナリシスにおける固定効果モデル*2を用いて、第一段階における見積りのプールを実行した。
  • 引き続き、年齢、重篤度、熱中症の起こった場所などの異なる因子からなる亜集団の間でCOVID-19と熱中症による救急搬送数の相関性を解析した。

【結果】

  • 47都道府県において総数274,031件のHSADが記録された。COVID-19以前におけるHSADの平均数は69,721件/年、COVID-19期間のHSADの平均数は64,869件/年と減少した。
  • 危険率が最も減少したのは若者(17歳以下)の亜集団であり、高齢者の亜集団に対する相対危険率*3(ratio of relative risk; RRR)は0.54(95% CI: 0.51~0.57)であった。
  • 最も増加した危険率は、重篤性の高い(死亡を含む)亜集団であり、症状の軽い亜集団に対するRRRは1.25 (95% CI: 0.51~0.57)であった。

【結論】

COVID-19による熱中症のための救急搬送数は、年齢、重篤度、熱中症の起こった場所などのカテゴリーの亜集団によって不均一な変動を呈した。

用語の解説

*1. 一般化線形モデル(A generalized linear model)
残差(統計学において誤差の推定量、すなわち実際の測定値と推定されたモデルによる理論値との差)を任意の分布とした線形モデル。一般化線形モデルには線形回帰、ポアソン回帰、ロジスティック回帰などが含まれる。1972年にネルダーとウェダーバーンによって提唱された。
*2. メタアナリシスにおける固定効果モデル
メタアナリシスは、エビデンスの包含基準と除外基準をあらかじめ明示し、エビデンスを包括的に検索した後にそれらを統合して(系統的レビュー)、その結果を要約するために、定量的方法を使うレビュー分析である。メタアナリシスのデータ統合方法には、大きくわけて、2種類がある。母数効果モデルと、変量効果モデルであり、研究の同質性が認められればいずれの方法を用いても同じ結論に達するので、どの方法を用いるかは重要ではなくなるが、均質性がない場合は、外れた研究を除外するか、なぜ均質性がないのかを記述する必要がある。
*3. 相対危険率(Ratio of relative risk; RRR)
危険因子に曝露した群の罹患リスク(危険)の、曝露していない群の罹患リスクに対する比で示される。リスク比ともいう。

今回の論文のポイント

  • 年齢、重篤度、熱中症の場所などの脆弱な亜集団においてマスク着用により熱中症による救急搬送数が増加したという証拠はありませんでした。COVID-19期間中において熱中症による救急搬送数がむしろ減少したのは、コロナ禍における活動性の低下の影響の方が大きかったことにより、人々(特に若年層)が、外出して熱中症の危険にさらされる機会が減った影響の方が大きいと推測されます。
  • 注目すべきなのは、重篤性の高い(死亡を含む)亜集団においてRRRが大きく増加したことであり(COVID-19は重篤な熱中症をより重篤化する)、COVID-19により多くの慢性疾患が重篤化するこれまでの経験と一致しています。

文献1
Hatakeyama K and Seposo X, Heatstroke-related ambulance dispatch risk before and during COVID-19 pandemic: Subgroup analysis by age, severity, and incident place, Science of The Total Environment 2022; 821: 153310