新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け 査読前論文

2022/8/15

インド発オミクロンBA.2.75の日本上陸

文責:橋本 款

オミクロン株の「BA.2」系統の変異ウイルス「BA.2.75」は、 感染力が強く、免疫をすり抜け、インドで急拡大しています。興味深いことに、「BA.2.75」は、“特殊な変異株”であるとされ、「ケンタウロス」*1とも呼ばれています。世界保健機関(WHO)は「BA.2.75」を「注目すべき変異株=VOI (Variants of Interest)」に位置づけて注視していますが、現時点で、感染力や免疫への影響、感染した場合の重症度は、はっきりしていないようです。「BA.2.75」は、国内でも東京都や神戸市などで確認され、現在のBA.5の流行が収まったあとで増加するかも知れません。注目すべきことに、「BA.2.75」のスパイクタンパク質*2にはアミノ酸レベルで9個の変異があり(図1)、そのような変異の多さが既存の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)中和抗体*3に対する感受性の低下に関係していると推定されています。これに関連して、国内の研究グループは、「BA.2.75」の表面にあるスパイクタンパク質を再現したシュードウイルス*4を人工的に作成し、既存のモノクローナル抗体に対する感受性を評価しました。その結果が、プレプリント(査読前論文)(文献1)として掲載されましたので報告いたします。


文献1.
Yamasoba, D. et al., Neutralization sensitivity of Omicron BA.2.75 to therapeutic monoclonal antibodies, preprints from medRxiv and bioRxiv


【背景】

2021年の終わりに同定されたSARS-CoV-2オミクロン株の「BA.1」は、間もなく、新しい系統の「BA.2」に凌駕され、すぐに、その亜種の「BA.2.12.1」、「BA.4」及び「BA.5」が優勢になってきたが、つい最近では「BA.2.75」がインドなど8カ国で見つかり、WHOは「VOI」に位置付けている。

【目的・方法】

「BA.2.12.1」や「BA.4/-5」は「BA.2」に較べてスパイクタンパク質に2~4個の変異があるが、「BA.2.75」には9個の変異があり、それが既存の中和抗体*2に対する感受性の低下に関係していると仮定する。これを証明するために東京大学医科学研究所の佐藤佳教授が主宰する研究グループ「G2P-Japan」は、「BA.1」、「BA.2」、「BA.4/-5」及び「BA.2.75」のスパイクタンパク質を再現したシュードウイルス*3を人工的に作成し、治療薬に使われている10種類のモノクローナル抗体薬(アディントレビマブ、バムラニビマブ、べブテロビマブ、カシリビマブ、シルガビマブ、エテセビマブ、イムデビマブ、レグダンビマブ、チキサゲビマブ、ソトロビマブ)、及び、3種類の中和抗体カクテル;ロナプリーブ(カシリビマブ、イムデビマブ)、エブシェルド(シルガビマブ、チキサゲビマブ)、エテセビマブ+バムラニビマブの有効性を評価した。

【結果】

  • アディントレビマブ、バムラニビマブ、カシリビマブ、エテセビマブ、イムデビマブは、「BA.2」、「BA.4/-5」及び「BA.2.75」の株に対して効果はなかった。すなわち、抗体カクテル「ロナプリーブ」の成分では、これらのウイルスの働きを抑えられなかった。
  • 重要なことに、レグダンビマブ、チキサゲビマブ、ソトロビマブは、「BA.2」及び「BA.4/-5」に対して効果はなかったが、「BA.2.75」の増殖を抑制した事から、「BA.2.75」の治療・予防に有効である可能性が示唆された。
  • 我々の最近の結果(Yamasoba et al. Lancet Infect Dis.)に一致して、シルガビマブの「BA.4/-5」に対する効果は、「BA.2」に対する効果に較べて少なかったが、「BA.2.75」は「BA.2」に較べて24.4倍のシルガビマブに対する抵抗性を呈した。
  • べブテロビマブは、「BA.2」及び「BA.4/-5」に対して効果的であったが、「BA.2.75」はべブテロビマブに対する抵抗性を示したことから、べブテロビマブは、「BA.2.75」に対する治療に適さないと推定された。

【結論】

SARS-CoV-2オミクロンの新しい亜種のスパイクタンパク質には、アミノ酸の変異が集積している事から、本研究のように、治療用モノクローナル抗体の効率を迅速に評価することは重要である。

用語の解説

*1. ケンタウロス
ギリシア神話に登場する半人半獣の種族の名前で、馬の首から上が人間の上半身に置き換わったような姿をしている。
*2. スパイクタンパク質
ウイルスにおいて、エンベロープの表面から突出したスパイクとして知られる大きな構造体を形成する糖タンパク質であり、通常、二量体または三量体を形成する。
*3. 中和抗体
SARS-CoV-2のスパイクタンパク質を標的として結合する抗体で、ウイルスの感染を阻害する活性を持つもの。治療や免疫不全者の感染予防のために使用される。日本では現在、ロナプリーブ(イムデビマブとカシリビマブの抗体カクテル)とソトロビマブが承認されている。
*4. シュードウイルス
ウイルスにおいて、エンベロープの表面から突出したスパイクとして知られる大きな構造体を形成する糖タンパク質であり、通常、二量体または三量体を形成する。

今回の論文のポイント

この論文のようにシュードウイルスを用いて既存の中和抗体の効率を迅速に評価して急場を凌ぐことは非常に重要に思われますが、オミクロンの変異が繰り返されて抗体を逃避するものが増えるならば、「評価の結果、有効な抗体は見当たらなかった」ということも近い将来起こることを覚悟しなければいけません。したがって、ワクチンや抗体以外の治療法を開発することも必要でしょう。


文献1
Yamasoba, D. et al., Neutralization sensitivity of Omicron BA.2.75 to therapeutic monoclonal antibodies, preprints from medRxiv and bioRxiv