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一般向け 研究者向け 査読前論文

2022/8/23

糖脂質を用いたCOVID-19の新しい予防戦略

文責:橋本 款

最近、新型コロナウイルス (SARS-CoV-2) オミクロン株の変異が繰り返されてブレイクスルー感染*1の頻度が増し、免疫逃避するものが出現していることからも、従来のワクチンや抗体とは異なる機序の治療法を開発することが必要です。このような考えで、エイズの治療で有名なコロンビア大学のデビッド・ホー(David Ho)博士*2らは、エイズ研究で培ってきた知識・技術を新型コロナ感染症(COVID-19)に応用しました。すなわち、ホー博士らは、自然免疫において、ナチュラルキラーT(NKT)細胞*3(図1)による樹状細胞の活性化に糖脂質のα-GalCerが促進的に働くことに注目し、α-GalCerのアナログである7DW8-5で免疫系を賦活することにより、新型コロナ感染症(COVID-19)の予防治療になる可能性を実験動物(マウス、ハムスター)の系で示しました。その結果が、プレプリント(査読前論文)(文献1)として掲載されましたので報告いたします。


文献1.
Moriya Tsuji M et al., An Immunostimulatory Glycolipid That Blocks SARS-CoV-2, RSV, and Influenza Infections In Vivo, preprints from Research Square July 14th, 2022


【背景】

COVID-19の予防にワクチンは効果的であるが、ブレイクスルー感染が報告されていること、さらに、最近では、オミクロン株の変異が繰り返されて従来の株のアミノ酸配列を基に作られたワクチンの効果は減弱すると考えられる。従って、ワクチンとは異なる機序の予防治療を行う必要がある。

【目的・方法】

著者らは、以前に開発した合成糖脂質7DW8-5が、ウイルス感染に対応して、抗原提示細胞(樹状細胞など)のCD1dに結合し、NKT細胞がサイトカインを放出するのを促進することを観察していた(Li X et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2010)。本研究の目的は、7DW8-5がCOVID-19の予防治療に有効かも知れないという仮説をマウス(Balb3T3)やハムスターにおけるウイルス感染実験(3種類のウイルス:SARS-CoV-2, RSV, Influenza)で証明することである。

【結果】

  • マウス・ハムスターにおける3種類のウイルスの感染は、いずれも、感染前より7DW8-5を経鼻注入にすることにより、容量依存的に有意に抑制された。対照的に、感染後に投与した場合には効果は見られなかった。
  • 7DW8-5投与した動物では、コントロールの動物に較べて、インターフェロン(IFN)γをはじめ、多くのサイトカインの血清濃度が有意に上昇した。
  • さらにノックアウトマウスを用いた実験の結果、7DW8-5注入による抗ウイルス効果は、CD1d及びIFNγ依存的であることが推定された。

【結論】

7DW8-5のような化合物は取り扱いやすく、安価に製造できるのは利点である。さらに、癌患者を対象にした臨床試験では毒性が見られなかった。7DW8-5によりCOVID-19の広がりのスピードが抑えられるだけでなく、将来の呼吸器系ウイルスのパンデミックに対し、ワクチンや治療薬が開発されるまでの長期間の代用に役立つと考える。

用語の解説

*1. ブレイクスルー感染
ブレイクスルーとは、「通り抜ける」という意味で、文字どおりワクチンの効果を通り抜けてしまうことを指す。新型コロナワクチンの場合は、2回目の接種から約2週間で十分な免疫の獲得が期待されるので、それ以降に感染した場合にブレイクスルー感染と呼んでいる。
*2. デビッド・ホー(David Ho)
台湾系アメリカ人の医師、ウイルス学者。1990年代半ば、ホー博士の研究チームは、HIV/エイズ複製の動態をヒトの生体内で解明するための一連の臨床実験を行ない、得られた知見は、HIVの早期かつ強力な治療を目指す先駆的な取り組みの基盤となった。ホー博士は、抗レトロウイルス併用療法を支持し、これにより、患者の体内でのHIVの複製を永続的に制御できることを初めて実証した。これにより、「不治の病」だったエイズが、管理可能な病気に変わるというターニングポイントとなった。
*3. ナチュラルキラーT(NKT)細胞
免疫システムは、自然免疫と獲得免疫の2種類からなり、自然免疫が、病原体に対する最初の防御にあたった後に獲得免疫が作動する。自然免疫では、マクロファージ、樹上細胞、好中球などの貪食細胞、NK細胞や補体などが中心的な役割を担う。NK細胞は、がん細胞やウイルス感染細胞を特異的に傷害する。これに対して、獲得免疫では、B細胞、T細胞などのリンパ球が主な役割を持つ。興味深いことに、NKT細胞は、T細胞受容体を発現しているが、通常のT細胞のT細胞受容体が主要組織適合抗原分子に提示されたペプチドを抗原として認識するのに対して、NKT細胞に発現するT細胞受容体はCD1d分子に提示された糖脂質を抗原として認識する点で特徴であり、抗原を認識する範囲をT細胞と補い合っていると言える。NKT細胞は、谷口克博士に(現・理研)より、1986年に発見された。

今回の論文のポイント

  • エイズ研究においてはその病気の性質上、多くの場合、若年〜成年が対象になると思われますが、COVID-19の場合、重篤化が問題になるのは主として高齢者であることから、エイズ研究で得られた免疫系に関連した知見がそのままCOVID-19に利用できるのかどうか疑問の残るところです。
  • ヒトでの臨床試験の結果がどの様になるのか分かりませんが、ワクチン・中和抗体とは異なる治療戦略を初めて提起したという点で評価される論文だと言えるでしょう。

文献1
Moriya Tsuji M et al., An Immunostimulatory Glycolipid That Blocks SARS-CoV-2, RSV, and Influenza Infections In Vivo, preprints from Research Square July 14th, 2022