新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2022/8/30

抗癌剤sabizabulinのCOVID-19治療薬としての可能性

文責:橋本 款

現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療は、ワクチンによる予防治療が中心です。それに対して、重症化したCOVID-19に対する治療薬(図1)は、ステロイドなどの重症患者の延命を目的としたものなどを除いて、あまり効果が期待できません。それでも、治療薬開発の努力は懸命に行われています。注目すべきことに、臨床治験第3相の中間報告*1において、実験段階のがん治療薬sabizabulin*2が、COVID-19の中等症〜重症患者の死亡リスクを55.2%低減する可能性のあることが発表されました。この効果は、これまでに承認された薬剤を上回るものであり、sabizabulinは、現在、米国食品医薬品局(FDA)に緊急使用許可(EUA)*3に申請中です。もし承認されれば、入院患者の治療選択肢の増加につながると期待されます。この研究結果の結果が、最近、「NEJM Evidence」に掲載されました(文献1)ので報告致します。


文献1.
Barnette KG et al., Oral Sabizabulin for High-Risk, Hospitalized Adults with Covid-19: Interim Analysis, NEJM Evidence Published July 6, 2022


【背景・目的】

Sabizabulinは、もともとは、微小管形成を阻害して腫瘍細胞間のアクセスを遮断することにより腫瘍の増殖を遅らせるがん治療薬であり、米テネシー大学の研究グループにより開発された。COVID-19患者に対する第2相臨床治験の結果は良好であり、引き続き、第3相がスタートした。本論文は、第3相治験の中間報告(2021年5月18日〜2022年1月31日)に関するものである。

【方法】

今回の研究では、中等症〜重症のCOVID-19により入院し、酸素投与や人工呼吸器による治療を要する患者204人を、最長で21日間、sabizabulinを毎日9mg投与する群(134人)とプラセボ(偽コントロール)を投与する群(70人)にランダムに割り付けて、60日後までの全死亡率を比較した。対象者は、喘息や重度の肥満、高血圧など、死亡リスクを高める他のリスク因子を有していた。

【結果】

両群の治験開始時の特徴は似通っていたが、60日後の全死亡率には、sabizabulin投与群で20.2%(19/94人)であったのに対して、プラセボ投与群では45.1%(23/51人)であり、sabizabulin投与群では死亡リスクに55.2%の相対的減少が認められた。

【結論】

7Sabizabulin を開発したVeru社は、「sabizabulinの効果が極めて高いため、一部の患者にプラセボを投与し続けるのは倫理的に問題があるとの指摘により治験を早期に中止した」と説明している。

用語の解説

*1. 中間解析(interim analysis)
臨床治験では、すべての患者データ収集が終わる前に、治験の継続可否を判断する「中間解析(interim analysis)」を行うことがある。 中間解析は、介入が有効もしくは無効かを結論するために十分な根拠が得られた時点で治験を中止するために行う。
*2. Sabizabulin
経口の微小管阻害薬で、細胞分裂の際に主要な役割を担う微小管を構成するタンパク質であるチューブリンに結合して、微小管形成を阻害することで効果を発揮する。もともとは、腫瘍細胞間のアクセスを遮断することにより腫瘍の増殖を遅らせるがん治療薬として、米テネシー大学の研究グループにより開発された。
*3. 緊急使用許可(EUA; Emergency Use Authorization)
米食品医薬品局(FDA: Food and Drug Administration)が緊急時に未承認薬などの使用を許可したり、既承認薬の適応を拡大したりする制度のこと。具体的には、FDAが、(1)生命を脅かす疾患である、(2)当該製品に関して、疾患の治療などで一定の有効性が認められる、(3)当該製品を使用した際のメリットが、製品の潜在的なリスクを上回ると判断できる、(4)当該製品以外に、疾患を診断、予防、または治療するための適当な代替品が無いという条件を満たすと判断した場合に発行できる。

今回の論文のポイント

  • 抗癌剤がCOVID-19の治療薬になるのはアカデミックな視点からも興味深く、詳しいメカニズムを知りたいところです。さらなる治療役開発に繋がるポテンシャルがあります。
  • 新しい治療薬の開発をめぐって競争の激しい分野であることを考慮すれば、この種の話は過大評価される可能性もあります。したがって、さらに症例数を増やした第3相治験の結果を待つことが必要かも知れません。

文献1
Barnette KG et al., Oral Sabizabulin for High-Risk, Hospitalized Adults with Covid-19: Interim Analysis, NEJM Evidence Published July 6, 2022