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2022/9/20

新型コロナウイルス・スパイク蛋白質はアミロイドを形成する!

文責:橋本 款

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因となる新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のスパイク(S)蛋白質*1は、ウイルスの細胞受容体 (ACE2)より細胞内への侵入に重要な役割を果たし、ワクチンの開発、抗ウイルス抗体、侵入阻害剤など治療のターゲットになっています。S蛋白の重要性はこれらに留まらないかも知れません。以前より、S蛋白質に存在する天然変性タンパク質(Intrinsically Disordered Proteins; IDP)*2領域の部分がACE2に対する強い結合親和性に関与しており、これがSARS-CoV-2の高い感染力の理由のひとつである可能性が考えられていました(図1)。さらに、IDP構造は、アミロイド*3蛋白の特徴の一つであることから、S蛋白質は、アミロイド蛋白の凝集にも関係ありそうです。今回は、S蛋白質のアミロイド形成性を試験管内で検討したところ、SARS-CoV-2スパイク蛋白質にアミロイド形成性を示す7種類の配列を同定し、これらのペプチドの凝集によるアミロイド形成が観察されたことを述べたJACSの論文(文献1)を報告致します。


文献1.
Nyström S and Hammarström P, Amyloidogenesis of SARS-CoV 2 Spike Protein, J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 8945−8950


【背景】

COVID-19の重症患者では血流中の細胞外アミロイド線維凝集体に関連する血栓形成が報告されている。また、呼吸器、心臓、腎臓、血管、脳神経系などの多臓器に複雑な症状が現れるが、これらの症状にはアミロイドーシス*3との共通性が見られる。

【目的・方法】

そこで、SARS-CoV-2スパイク蛋白質のアミロイド形成性に着目し、ペプチド混合物ライブラリー*4のアミロイド線維アッセイ、および、コンピューターシミュレーションにより検討した。

【結果】

  • SARS-CoV-2スパイク蛋白質に7種類のアミロイド形成性配列があり、そのうち、6種類の配列がβシート構造を有していた。単離された7種類のペプチド全てが、37℃での培養により凝集した。
  • 7種類の20アミノ酸長の合成ペプチドのうち、Spike192、Spike601、Spike1166の3種類が、チオフラビンTによる核形成依存性重合速度、コンゴレッド染色陽性、超微細線維性形態などのアミロイド線維形成の特徴を呈した。特に、Spike192は血流障害を引き起こす蛋白質分解酵素プラスミン耐性の線維状蛋白質フィブリン形成を誘導し、アミロイド形成性が高いことが示された。
  • 全長SARS-CoV-2スパイク蛋白質は単独培養でアミロイド線維を形成しなかったが、ウイルス感染の炎症部位で過剰に発現するセリンプロテアーゼの一種である好中球エラスターゼとSARS-CoV-2スパイク蛋白質を24時間、37℃で共存培養すると、好中球エラスターゼはスパイク蛋白質を切断し、アミロイド形成性が最も高いアミロイド形成ペプチド194-203が蓄積した。

【結論】

今回の研究は、In vitro(試験管内)における知見という限界はあるものの、COVID-19およびLong COVIDの機序解明に際しSARS-CoV-2スパイク蛋白質のアミロイド形成性を考慮すべきことを示唆する。

用語の解説

*1. スパイク(S)蛋白質
ウイルスにおいて、スパイク蛋白質は、エンベロープウイルスの表面から突出したスパイクまたはペプロマーとして知られる大きな構造体を形成する糖蛋白質であり、通常、二量体または三量体を形成する。ワクチン接種後の抗体検査ではこのS蛋白質に対するIgG抗体が上昇する。
*2. 天然変性タンパク質(intrinsically disordered proteins、IDP)
IDPとは、固定された、もしくは整った三次元構造を持たないタンパク質である。IDPは、完全に構造をとらない状態から部分的に構造をとる状態までをカバーし、ランダムコイルや柔軟なリンカーなどで連結された複数ドメインタンパク質などが含まれる。IDPは球状タンパク質、線維状タンパク質、膜タンパク質などと共にタンパク質の主要なタイプの1つを構成する。
*3. アミロイド、アミロイドーシス
アミロイドは、病理学的にアルカリコンゴ赤染色で橙赤色に染まり、偏光顕微鏡下で緑色の複屈折を示すものである。 蛋白質が立体構造(コンフォメーション)を変化させてアミロイドとして凝集し疾患を引き起こすことから、コンフォメーション病の1つとして捉えられている。アミロイドーシスはアミロイド蛋白質(現在、30種以上同定されている)がさまざまな臓器に沈着し障害を引き起こす疾患である。アミロイドの沈着は、神経・心臓・腎臓・消化管・呼吸器・骨・関節などさまざまな臓器にみられる。例えば、そのうち心臓に沈着し心機能の異常や不整脈などを来すものを心アミロイドーシスと呼ぶ。
*4. ペプチドライブラリー
多種類のペプチドを体系的に組み合わせたもので、ペプチド医薬、ワクチン開発、免疫療法、そしてプロテオミクス研究などタンパク質に関連した研究に広く利用されている。

今回の論文のポイント

本論文の結果から、COVID-19における臓器障害にアミロイド蛋白の凝集が関与する可能性が示唆されます。また、COVID-19は単なる感染症だけでなく、構造生物学、内科学、神経変性疾患など広く他の領域で重要になりそうです。しかしながら、試験管内の現象であり、動物実験や実際の患者さんで検討する必要があります。


文献1
Nyström S and Hammarström P, Amyloidogenesis of SARS-CoV 2 Spike Protein, J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 8945-8950