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2022/10/4

新型コロナウイルス感染症:ケトン体の代謝異常によるT細胞の疲弊が重度の呼吸不全に関わる

文責:宮川 卓

感染症にかかったとき食欲が無くなるということは、多くの人が経験したことがあると思います。この食欲不振により私たちの身体の中の代謝が変化し、感染症に抵抗していることが以前より知られています。今回紹介するNature 誌(引用文献1)に掲載された論文では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)では、他のウイルス感染症とは異なり、この代謝変化がうまくいかず、免疫の機能障害が発生し、重度の呼吸不全を引き起こしている可能性を報告しています。

さて感染症にかかり、食欲不振になった時に、どのような代謝に変化するかですが、β-ヒドロキシ酪酸(BHB)等のケトン体の生成が誘導されます。BHBやケトン体は、皆さんどこかで聞いたことがあるかもしれませんが、ケトジェニックダイエットや糖質制限ダイエットに関わる物質です。ケトジェニックダイエットでは糖質を大幅に制限することで、体内で糖質が不足し、代わりのエネルギーとしてケトン体が生成されます。そしてそのケトン体が、糖質に代わって体内で大切なエネルギー源となります。
しかし、これまで感染時におけるケトン体生成の具体的な役割は不明でした。COVID-19の大部分の患者では、免疫反応によってウイルスが排除されますが、一部の患者では免疫反応の機能障害(特にT細胞)により、肺や全身に重篤な症状を引き起こします。T細胞の働きには、T細胞内の代謝やミトコンドリア(エネルギーを産生する細胞内小器官)の働きが重要であることが以前より知られていることから、論文の筆者たちはケトン生成とT細胞の働きに着目して、研究を行いました。そして結論として、COVID-19によるケトン体生成の障害とエネルギー不足により疲弊してしまったヘルパーT細胞をBHBが回復させることが明らかにされました(図1)。

COVID-19によるケトン体生成の障害とエネルギー不足により疲弊してしまったヘルパーT細胞をBHBが回復させる

まず血清中のBHBの濃度を、重度の呼吸不全を伴うインフルエンザ患者と健常者で比較した所、インフルエンザ患者においてBHB濃度の上昇が認められました。一方、重度の呼吸不全を伴うCOVID-19患者では、インフルエンザ患者のようなBHB濃度の上昇が見られませんでした。このことから、重度の呼吸不全を伴うCOVID-19患者では、感染によりケトン生成が損なわれていると考えられました。
T細胞はリンパ球の一種で、ヘルパーT細胞とキラーT細胞に大別されますが、重症COVID-19の特徴として、ヘルパーT細胞の働きが悪い(疲弊している)ことが知られています。そこで、BHBやケトン生成がヘルパーT細胞の働きに良い影響を与えるのではないかと考えました。ヘルパーT細胞とBHBを一緒に培養してみた所、抗ウイルス作用を持つインターフェロンγ量の増加が認められました。さらに、BHBはヘルパーT細胞のミトコンドリアの働きを増強することも分かりました。やはりBHBはヘルパーT細胞の働きを支えていることが示唆されました。また細胞のエネルギー源となるBHBとブドウ糖にそれぞれ特別なラベルをつけて、マウスのヘルパーT細胞でどのように代謝されていくか追ってみました。その結果、ブドウ糖に比べ、BHBは細胞にとって栄養不足の環境下においてもT細胞の働きを促進するエネルギー源として機能していました。さらに、実際に重度の呼吸不全を伴うCOVID-19患者の気管支肺胞洗浄液や血液中のT細胞も調べた結果でも、ブドウ糖から著しくエネルギーを得ようとして、それに伴ってミトコンドリアの働きが弱まっていることも分かりました。
そこで、筆者らは、脂肪・タンパク質と炭水化物の比率が4:1であるケトジェニックダイエット食によるBHBの補充が、ヘルパー T細胞の代謝を再プログラム化(エネルギーをブドウ糖に依存しすぎないようにすること)し、それによって肺のウイルス感染症に対する抵抗性を高めることができるのではと、仮説を立てました。インフルエンザウイルスに感染させたマウスに、ケトジェニックダイエット食を与えると、血液や肺組織でのBHB量の上昇、ヘルパーT細胞におけるブドウ糖からのエネルギー依存の低減、ヘルパーT細胞の総数の増加、インターフェロンγ量の増加、肺の損傷の軽減等、この仮説を支持する様々な結果が得られました。また、新型コロナウイルスに感染させたマウスに、ケトンエステルを与えた場合でも、同様にインターフェロンγ量の増加、感染マウスの生存率の改善等の結果が得られました。

風邪をひいた時に、食欲不振になる理由の一つに今回の論文の発見が関わっていることや、最近よく耳にするケトジェニックダイエットやBHBがCOVID-19の重症化に関わっている可能性等、興味深かったので今回紹介しました。COVID-19では感染によりケトン生成が障害されますが、インフルエンザでは障害されない理由はまだ解明さていません。また論文には書かれていませんでしたが、COVID-19の治療に今後BHBが用いられる可能性や、実際のヒトのケトジェニックダイエットとCOVID-19との関係はどうなのだろうか(明確に言うとケトジェニックダイエットを行っているヒトはCOVID-19による呼吸不全のリスクが低いのか、それともそんなに単純ではないのか)等、今後明らかになれば良いと個人的に考えました。



文献1
Karagiannis F et al., Impaired ketogenesis ties metabolism to T cell dysfunction in COVID-19. Nature.2022 609(7928):801-807.
doi: 10.1038/s41586-022-05128-8.