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2022/10/11

小児におけるCOVID-19罹患後症状について

文責:橋本 款

ポストコロナ時代に向けて重要な課題の一つは、罹患後症状、すなわち、long COVID(後遺症)*1のメカニズムを解明し、治療に応用することです。これまでに成人における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)罹患後症状は、倦怠感、強い疲労感、しびれ感、微熱、呼吸苦、頭痛、食欲不振など多岐に渡ることが示されてきましたが(新型コロナウイルス感染症(COVID-19)後遺症のメカニズム 2022, 6/7を参照してください)、小児のデータは限られていました。今回、米国コロラド大学医学部小児病院のSuchitra Rao博士らは、抗原検査またはPCR検査を受けた約66万人の小児を対象にして、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染から1~6ヵ月時点における症状・全身病態・投与された薬剤を調べ、リスク因子の特定をするために、後ろ向きコホート研究*2を行った結果、小児におけるCOVID-19の罹患後症状には、成人とは異なる特徴がある(図1)ことを見出しましたのでご報告致します(文献1)。


文献1.
Suchitra Rao et al., Clinical Features and Burden of Postacute Sequelae of SARS-CoV-2 Infection in Children and Adolescents. JAMA pediatrics. 2022 Oct 01;176(10);1000-1009.


【背景・目的】

これまでに成人におけるCOVID-19罹患後症状のデータは蓄積されてきたが、小児のデータは限られている。したがって、それを明らかにする事は、今後のCOVID-19の治療において重要である。

【方法】

米国の小児病院9施設の電子カルテに登録され、2020年3月1日~2021年10月31日の間にSARS-CoV-2の抗原検査またはPCR検査を受けた21歳未満の小児で、過去3年間に1回以上受診(電話、遠隔診療を含む)したことのある65万9,286人;男性が52.8%、平均年齢8.1歳(±5.7歳)、を対象に後ろ向きコホート研究を実施した。

初回の抗原検査またはPCR検査の日から28~179日時点の、罹患後症状に関連する症状や全身病態、投与薬を調べた。症状には頭痛、発熱、咳、疲労、息切れ、胸痛、動悸、胸部圧迫感、味覚・嗅覚の変化などが含まれており、全身病態には多系統炎症性症候群*3、心筋炎、糖尿病、自己免疫疾患などが含まれていた。施設、年齢、性別、検査場所、人種・民族、調査への参加時期を調整したCox比例ハザードモデル*4を用いて、SARS-CoV-2陰性群に対する調整ハザード比(aHR)を算出した。

【結果】

  • SARS-CoV-2の陽性者は5万9,893人(9.1%)で、陰性者は59万9,393人(90.9%)であった。
  • 1つ以上の症状や全身病態、投薬があったのは、陽性群で41.9%(95%信頼区間[CI]:41.4~42.4)、陰性群で38.2%(95%CI:38.1~38.4)で、差は3.7%(3.2~4.2)、調整後の標準化罹患率比は1.15(1.14~1.17)であった。
  • 陰性群と比べて陽性群で多かった症状は、味覚・嗅覚の変化(aHR:1.96, 95%CI:1.16~3.32)、味覚消失(1.85, 1.20~2.86)、脱毛(1.58, 1.24~2.01)、胸痛 (1.52, 1.38~1.68)、肝酵素値異常(1.50, 1.27~1.77)、発疹(1.29, 1.17~1.43)、疲労・倦怠感(1.24, 1.13~1.35)、発熱・悪寒(1.22, 1.16~1.28)、心肺疾患の徴候・症状(1.20, 1.15~1.26)、下痢(1.18, 1.09~1.29)、筋炎(2.59, 1.37~4.89)であった。
  • 全身の病態は、心筋炎(aHR:3.10, 95%CI:1.94~4.96)、急性呼吸促迫症候群(2.96, 1.54~5.67)、歯・歯肉障害(1.48, 1.36~1.60)、原因不明の心臓病(1.47, 1.17~1.84)、電解質異常(1.45, 1.32~1.58)であった。
  • 精神障害との関連では、精神疾患の治療(aHR:1.62, 95%CI:1.46~1.80)、不安症状(1.29, 1.08~1.55)があった。
  • 多く用いられていた治療薬は、鎮咳薬・感冒薬のほか、全身投与の鼻粘膜充血除去薬、ステロイドと消毒薬の併用、オピオイド、充血除去薬であった。

【結論】

小児の罹患後症状では、これまで、成人でよく報告されている味覚・嗅覚の変化、胸痛、疲労・倦怠感、心肺の徴候や症状、発熱・悪寒など以外にも、心筋炎、肝酵素値異常、脱毛、発疹、下痢などが多かった(図1)。

用語の解説

*1. long COVID(後遺症)
WHO(世界保健機関)の定義によれば、後遺症は、COVID-19に罹患した人に見られ、少なくとも2ヵ月以上持続し、他の疾患による症状として説明がつかないもので、通常は発症から3ヵ月経った時点にもみられる。
*2. 後ろ向きコホート研究
縦断研究の1つで、特定の条件を満たした集団(コホート)を対象にして診療記録などから過去の出来事に関する調査を行う研究手法を指す。既存の診療データを用いることから、介入研究や前向きコホート研究と比較して研究費や期間がかかりにくいという利点がある一方、測定計画などを詳細に事前調整していないため、測定精度が相対的に低くなる傾向にある。また、測定していない要因については解析することができないなどの欠点もある。
*3. 多系統炎症性症候群
小児多系統炎症性症候群は小児にみられる重度炎症性疾患の一種であり、COVID-19との関連性が指摘されている。主な症状は、重度の血管の炎症、発疹、激しい腹痛、発熱の継続、舌の腫れ、心臓障害、神経損傷などである。発疹、腹痛、発熱の継続、舌の腫れなど川崎病との類似点がある一方で、好発年齢が年長の子どもや青年期の若者など川崎病よりも高いなどの違いもある。
*4. Cox比例ハザードモデル
コックス比例ハザード分析とかコックス比例ハザード回帰、コックス回帰、比例ハザード分析など、多様な呼び方をされる。これは、時間の経過で発生する{生、死}、{転倒あり、転倒なし}、{歩行可能、歩行不可能}などのイベントに対して、調査した複数の項目の何が影響するかを調べるための統計的手法である。

今回の論文のポイント

本論文の結果より、小児におけるCOVID-19の罹患後症状には、成人のCOVID-19の罹患後症状とは異なる特徴があることがわかりました。小児と成人の間で、後遺症のメカニズムが異なることが予想されます。


文献1
Suchitra Rao et al., Clinical Features and Burden of Postacute Sequelae of SARS-CoV-2 Infection in Children and Adolescents. JAMA pediatrics. 2022 Oct 01;176(10);1000-1009.