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2022/10/18

COVID-19重症度のバイオマーカー*1

文責:橋本 款
図1.

オミクロン株が流行の主体である現在の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)においては、COVID-19と診断された人のうち、重症化する割合や死亡する割合は、以前と比べ低下しています。しかしながら、オミクロン株の感染力の強さによる患者数の増加を考慮すれば、重症化のメカニズムをより良く理解することは、COVID-19研究における重要課題の一つです。以前より、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染の病態に単球やマクロファージが重要であることが知られていましたが、最近のゲノムワイド関連解析により、COVID-19の重症化がオリゴアデニル遺伝子(2’-5’-oligoadenylate synthetase 1;OAS 1)*2 の多型にリンクすることが示され、COVID-19の重症化と炎症との関連性が明らかになってきました(図1)。今回は、血清ヘムオキシゲナーゼ-1(Heme oxygenase-1:HO-1)*3 濃度が、COVID-19の重症度と生命予後予測の指標となることを、横浜市立大学大学院医学研究科と神奈川県立がんセンターの研究グループが見出し、PLOS ONE誌に発表しましたので(図1)(文献1)、これを御報告致します。


文献1.
Hara Y et al, Heme oxygenase-1 as an important predictor of the severity of COVID-19.
PloS one.2022;17(8);e0273500


【背景・目的】

HO-1は、M2マクロファージ*4 によって産生されるストレス誘導タンパク質で、可溶性CD163(sCD163)*5 を産生する。sCD163は、COVID-19の生命予後に有用であると考えられている。著者らは、血清HO-1がCOVID-19患者の重症度と生命予後予測の両方を評価するバイオマーカーになると考え、M2マクロファージマーカーとされる血清HO-1とsCD163の有用性を検証した。

【方法】

入院治療を必要としたCOVID-19患者64例(軽症11例、中等症38例、重症15例)を解析対象とした。入院時に血清HO-1とsCD163の血清濃度を測定し、臨床パラメーターおよび治療経過との関連性を解析した。

【結果】

  • 血清HO-1は重症度が上がるほど高値を呈し(軽症:11.0ng/mL[7.3~33.4]、中等症:24.3ng/mL[13.5~35.1]、重症59.6ng/mL[41.1~100])、血清LDH(R=0.422)、CRP(R=0.463)、高分解能CTにおけるground glass opacity(スリガラス陰影)+consolidation(浸潤影)score(R=0.625)*6 と相関した。
  • 重症度(血清HO-1:0.857、sCD163:0.733)、ICU入室(同:0.816、同:0.743)、人工呼吸器装着(同:0.827、同:0.696)における予測性能(AUC)*7 は、血清HO-1がsCD163を上回った。

【結論】

  • M2マクロファージの活性を反映する血清HO-1濃度は、COVID-19患者の重症度を評価し、予後を予測する血清バイオマーカーとなることを示唆する。
  • さらに、M2マクロファージを制御出来れば、COVID-19の予防的な治療標的になる可能性がある。

用語の解説

*1. バイオマーカー(biomarker)
薬学においてバイオマーカーとは、ある疾病の存在や進行度をその濃度に反映し、血液中に測定されるタンパク質等の物質を指す用語である。さらに一般的にはバイオマーカーは特定の病状や生命体の状態の指標である。NIH(アメリカ国立衛生研究所)の研究グループは1998年に「(バイオマーカーとは)通常の生物学的過程、病理学的過程、もしくは治療的介入に対する薬理学的応答の指標として、客観的に測定され評価される特性」と定義づけた。
*2. オリゴアデニル遺伝子(2’-5’-oligoadenylate synthetase 1;OAS 1)
I型インターフェロンが細胞に結合すると、(2'-5')オリゴアデニル酸合成酵素系とプロテインキナーゼ系が活性化する。(2'-5')オリゴアデニル酸合成酵素系(2-5AS系)では、通常3'-5'の形で結合しているATPを2'-5'結合オリゴマーに重合させることでエンドヌクレアーゼを活性化しウイルスのmRNAを分解する。
*3. 血清ヘムオキシゲナーゼ-1(Heme oxygenase-1:HO-1)
HO-1は、熱や酸化ストレス、炎症性サイトカインなどによって発現が誘導されるタンパク質で、Hsp 32とも呼ばれている。NADPHやO2などの存在下で、ヘムをCO、鉄イオン、ビリベルディンへと分解し、遊離ヘムの毒性から細胞を保護していると考えられている。
*4. M2マクロファージ
マクロファージはその役割によってM1型とM2型に大別される。一般的に、M1マクロファージは炎症性単球がTNF-αやIFN-γなどを受けて分化し、病原体や寄生虫感染防御に働く一方、M2マクロファージは組織常在性単球がIL-4やIL-13などTh2型サイトカインを受けて分化し、組織修復などにかかわる。
*5. 可溶性CD163(sCD163)
CD163は、免疫系の細胞(単球とマクロファージ)で産生される膜タンパク質である。炎症を促進する刺激、例えば細菌の分子と接触すると、CD163は免疫細胞の細胞膜から酵素的に切断され、可溶性CD163(sCD163)が形成される。
*6. スリガラス影
背景の肺野の構造物である血管などが透見できないという意味の胸部レントゲン・CT用語である。スリガラス影は本来陰影の濃度に焦点を当てた用語であり、濃度の濃い浸潤影(consolidation:コンソリデーション)としばしば対比される。
*7. AUC(Area Under the Curve)
AUCは名前の通り、ある曲線の下側の面積の大きさで分類予測を評価する指標である。面積は0から1の範囲で変動し、AUCが大きいほど優れた予測だと言うことができる。

今回の論文のポイント

本論文の結果より、血清HO-1の濃度がCOVID-19重症化のマーカーになる可能性が示唆されました。興味深いことに、この論文、および、これまでの論文で述べられたようなCOVID-19重症化のマーカー;OAS 1、HO-1、sCD163、のいずれもアルツハイマー病(AD)とリンクすることが報告されており(図1)、炎症を介したCOVID-19の重症化とADの関連性が予想されます。


文献1
Hara Y et al, Heme oxygenase-1 as an important predictor of the severity of COVID-19.
PloS one.2022;17(8);e0273500