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2022/10/24
COVID-19潜伏期間の短縮化について
文責:橋本 款
2019年12月に武漢で同定された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、アルファ株から、ベータ、デルタ、およびオミクロン株などの変異株へと進化するに伴い、それらの株は重症化率や感染力において異なる性質を有することが示されてきました(図1)。しかしながら、その潜伏期間に関しては必ずしも明らかでありませんでした。そこで、中国・北京大学のYu Wu博士らは、それぞれの変異株によって引き起こされる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の潜伏期間を体系的に評価することを目的にメタ解析*1で分析したところ、SARS-CoV-2が進化するに伴い、潜伏期間が徐々に短縮していることを見出しました(図1)。この結果は、COVID-19の予防戦略上において重要であると思われ、最近、米医学誌JAMA Network Open誌オンライン版に掲載されましたので(文献1)、今回はこの論文に関して報告致します。
文献1.
Yu Wu et al., Incubation Period of COVID-19 Caused by Unique SARS-CoV-2 Strains: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Netw Open.2022;5:e2228008.
【背景と目的】
興味深いことに、インフルエンザやRSウイルス、ライノウイルスなど他の多くのウイルス性呼吸器感染症よりもCOVID-19の潜伏期間は長い。これまでの論文は、SARS-CoV-2のそれぞれの変異株(アルファ、ベータ、デルタ、およびオミクロン株など)の潜伏期間を報告しているが、それらを比較検討した例はないのでそれを把握することを目的とした。
【方法】
2019年12月1日~2022年2月10日の間のPubMed、EMBASE、ScienceDirectが検索され、PRISMAガイドライン*2に基づき、レビュー担当者が適格と判断された研究からデータを個別に抽出した。パラメータ等は、変量効果モデル*3によるメタ解析から明らかにした。潜伏期間は感染から徴候や症状の発症までの時間と定義し、主要評価項目はSARS-CoV-2株ごとの潜伏期間の平均推定値とした。
【結果】
- メタ解析には、8,112例を対象とした合計142件の研究が含まれた。
- 潜伏期間について、プールされた平均推定値は6.57日(95%信頼区間[CI]:6.26~6.88、範囲:1.80~18.87日)だった。
- アルファ、ベータ、デルタ、およびオミクロン株の潜伏期間について、それぞれ1研究(6,374例)、1研究(10例)、6研究(2,368例)、および5研究(829例)のデータを収集した。
- 変異株ごとにみた平均潜伏期間は、アルファ株で5.00日(95%CI:4.94~5.06日)、ベータ株で4.50日(95%CI:1.83~7.17日)、デルタ株は4.41日(95%CI:3.76~5.05日)、およびオミクロン株で3.42日(95%CI:2.88~3.96日)だった(図1)。
- 年齢および重症度ごとにみた平均潜伏期間は、高齢患者(60歳以上)で7.43日(95%CI:5.75~9.11日)、小児患者(18歳以下)で8.82日(95%CI:8.19~9.45日)だった。また、重症でない患者では6.99日(95%CI:6.07~7.92日)、重症の患者では6.69日(95%CI:4.53~8.85日)だった。
【考察】
- これらの結果は、SARS-CoV-2がCOVID-19パンデミックを通して継続的に進化および変異し、さまざまな形の感染性および病原性を持つ変異株を生成したことを示唆している。
- また、高齢者および小児で潜伏期間が長い傾向がみられた。その理由として、高齢者は、若年者よりも免疫反応が遅い、小児の場合はCOVID-19の症状を判断しにくいことなどが考えられるが、更なる検討が必要である。
用語の解説
- *1. メタ解析
- 複数の研究の結果を統合し、より高い見地から分析すること、またはそのための手法や統計解析のことである。メタ分析とも言う。ランダム化比較試験のメタ解析は、根拠に基づく医療において、最も質の高い根拠とされる。メタ解析という言葉は、情報の収集から吟味解析までのシステマティック・レビューと同様に用いられることがある。
- *2. PRISMAガイドライン
- エビデンスに基づく医療の実践で重要性の高い研究デザインであるシステマティック・レビューやメタ分析では、2009年に国際研究グループが27のチェックリストと4つのフローチャートで構成する「PRISMA声明」を発表し、研究の品質を向上させるためのガイドラインとして機能している。
- *3. 変量効果モデル
- メタ分析において、複数の原著論文の結果からオッズ比・リスク比などの効果量を統合するときに、原著論文間の効果量=効果+研究間のバイアス+誤差と考えるのが、変量効果モデルである。簡単に説明すれば、複数の研究者が、ほぼ同質の対象に対して、同じ方法で、同じ評価法を用いた研究をしたと仮定すると、それぞれの研究者の臨床環境は異なるとき、環境の違いが最終的に得られる効果に影響する。そうした場合に、その効果を、環境の違い(研究間のバイアス)も含むと考慮して統合する方法が変量効果モデルである。
今回の論文のポイント
- 本論文の結果より、SARS-CoV-2がCOVID-19パンデミックを通して継続的に進化および変異し、潜伏期間を含めてさまざまな形の感染性および病原性を持つ変異株を生成したこと予想されます。
- オミクロン株の感染は無〜軽症状であることが多く、感染したのに気付きにくいため、潜伏期間が長い人を見逃している可能性があるので注意が必要です。
- COVID-19では発症してなるべく早いタイミングで治療を開始することで重症化を防ぐことができるため、早期診断・早期治療が必要であり、また、隔離期間を決定する上で変異株の潜伏期間を特定することは重要です。
- 文献1
- Yu Wu et al., Incubation Period of COVID-19 Caused by Unique SARS-CoV-2 Strains: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Netw Open.2022;5:e2228008.