※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。
一般向け
研究者向け
査読前論文
2022/12/1
ペットの新型コロナウイルス感染症
文責:橋本 款
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は人獣共通感染症*1です。人獣共通感染症と言うと動物から人への感染が注目されますが、興味深いことに、これまで、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に感染したヒトからイヌや猫などのペットに感染することは報告されていますが、ペットからヒトへの感染例は、オランダのミンクのSARS-CoV-2大量感染事例でミンクから人への感染が報告されているだけです。動物種の中では、ネコがSARS-CoV-2の影響を最も受けやすい種であり、呼吸器・消化器症状を示し他のネコに感染させます(図1)。また、イヌ、ミンク、ハムスター、コウモリ、シカやサルなども感染し、臨床症状を示すことがあります(図1)。総じて、動物のSARS-CoV-2に対する感染性は高くないですが、さらに強い感染力を持ったオミクロンの亜種が現れる可能性もあり、昨今のペットブームを考慮すれば、動物とCOVID-19の問題に関してのより深い理解が必要です。これに関連して、最近、米国疾病対策予防センター(CDC)のLiew, AY博士らは、SARS-CoV-2に感染したペットの臨床的・疫学的の特徴を米国全体で調査した結果を報告しましたので、今回はこの論文(文献1)を紹介致します。
文献1.
AY et al., Clinical and epidemiologic features of SARS-CoV-2 in dogs and cats compiled through national surveillance in the United States. Liew, Research Square (2022)
【背景・目的】
ペットのCOVID-19はこれまで十分に検討されていないので、この問題をより深く理解することが望ましい。したがって、本研究の目的は、米国全体で、受動的・能動的サーベイランス(Passive/active surveillance)*2により、SARS-CoV-2に感染したペットの臨床的・疫学的の特徴を評価することである。
【方法】
米国33州において2020年3月~2021年12月の間にSARS-CoV-2に感染した204匹のペット(ネコ109, イヌ95)を対象にして、公衆衛生当局、動物衛生当局、及び、人畜共通伝染病の学術研究者は、CDCとその協力者たちによって開発された標準化ワンヘルス*3監視プロセスを通して得られた臨床的、疫学的の特徴、研究室における結果を報告した。
【結果】
- 受動的監視により確認されたペット(ネコ、及び、イヌ)のうち87例(94%)が以前にCOVID-19に罹患したヒトに暴露していた。臨床症状は、受動的サーベイランスで74%のペットに、能動的サーベイランスで27%に認められた。
- 病気の期間は平均して猫15日、イヌ12日であった。ヒトとペットの発症時間の差は、平均すると10日であった。
- ネコ、イヌのいずれも、感染して3日後に最初にSARS-CoV-2がPCR検査により、核酸レベルで検出された。
- SARS-CoV-2に対する抗体は5日後に検出され、その力価はネコで9日後、イヌで14日後に最大となった。
【結論】
- 以上の結果より、ペットのCOVID-19は、まず、ヒト(恐らく飼い主)からの感染によると考えられた。
- SARS-CoV-2のような人獣共通感染症の感染のダイナミクス、ウイルスの進化を理解するためには、ヒトと動物の両方を含んだ事例的検討、及び、監視が必要である。
用語の解説
- *1. 人獣共通感染症(ズーノーシス)
- 抗原検査とは、検査したいウイルスの抗体を用いてウイルスが持つ特有のタンパク質(抗原)を検出する検査方法で抗原定性検査、抗原定量検査と2つの検査方法がある。前者は、検体を専用の試薬に混ぜて、検査キットに滴下して、検査キットに含まれる抗体が検体に含まれる抗原をキャッチしてキット上に線として15~30分程度で陽性か陰性かの判別をする。迅速抗原検査と呼ぶときはこちらをさす。検体に含まれる抗原量が少ない(ウイルスが少ない)と見逃してしまう恐れがある。偽陽性と判断してしまうリスクがある。後者は、専用の機械によって抗原が検体にどれくらい含まれているかの検査。基準値を超えれば陽性、超えなければ陰性とする。例えば、陽性基準値が20だとして、定量結果が50なら間違いなく陽性、25だと発症初期のためまだ反応が弱いが多分陽性だろう、15だと陰性だが陽性転化する可能性があるため明日の再検査が必要、5だとはっきりと陰性、というような数値による判断ができるため、診断の精度が高くなる。こちらも30分程度で検査が可能である。しかし、検査に専用の機械が必要であまり普及していない。
- *2. 受動的・能動的サーベイランス(Passive and active surveillance)
- サーベイランス(Surveillance)とは調査監視のことで、一般に経済や感染症の動向を調査する場合に使用される。感染症サーベイランスは、感染症の発生状況を調査・集計することにより、感染症の蔓延と予防に役立てるシステムのことである。この集計により、広く感染症に関する研究を行っている。主に感染症兆候または症状を呈する個体だけに検査を行なう受動的サーベイランスと積極的に検査を実施する能動的サーベイランスに分けられる。
- *3. ワンヘルス(One Health)
- 人獣共通感染症は、全ての感染症のうち約半数を占めている。こうした分野横断的な課題に対し、動物、環境の衛生に関わる者(公衆衛生当局、動物衛生当局、及び、学術研究者)が連携して取り組むOne Healthという考え方が世界的に広がってきており、厚生労働省も、One Healthの考え方を広く普及・啓発するとともに、分野間の連携を推進している。
今回の論文のポイント
- 本論文におけるサーベイランスの結果により、ペット(ネコ、及び、イヌ)のCOVID-19は飼い主からの感染によるものであると示唆されます。
- 興味深いことに、これまで、ペットからヒトへの感染はほとんどありません。さらに検討する必要がありますが、もし、これが正しければ、SARS-CoV-2感染が一方通行になるメカニズムを理解することが重要です。
- 文献1
- AY et al., Clinical and epidemiologic features of SARS-CoV-2 in dogs and cats compiled through national surveillance in the United States. Liew, Research Square (2022)