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2022/12/6
COVID-19後遺症に依存症薬が有効?
文責:橋本 款
現在、COVID-19後遺症(long COVID)の治療法は確立されておらず、薬物療法を中心に精力的に模索されている状況です。これに関連して、最近、興味深いことにlong COVIDに依存症薬ナルトレキソン*1が有効である可能性が報告されています。ナルトレキソンは麻薬中毒やアルコール依存症の治療薬として使われてきましたが、ナルトレキソンはオピオイド受容体*2に結合し、モルヒネなどのオピエートと拮抗することにより効果を発揮すると考えられています。通常、麻薬中毒治療などには1日50~200mgが使用されますが、低用量(1.75〜4.5mg)のナルトレキソン(LDN; Low Dose of Naltrexone)*1の服用により内因性オピオイド産生の増加や腫瘍細胞のオピオイド受容体の増加などの作用を通じて免疫系の調節が行われ、膠原病、癌、神経変性疾患、クローン病など様々な疾患の進行を止める作用があると考えられています(図1)。今回は、アイルランドのダブリン大学の感染症専門家John Lambert博士らがlong COVIDに対するLDNの治療効果に着目した論文(文献1)を紹介致します。
文献1.
Brendan O'Kelly et al., Safety and efficacy of low dose naltrexone in a long covid cohort; an interventional pre-post study, Brain Behav Immun Health. 2022 Oct; 24: 100485. 
【背景・目的】
著者らは、ライム病*3と関連する痛みや疲労の治療にLDNを使っていたが、long COVIDの症状が一部、ライム病に似ていることから、long COVIDへのLDNの使用に注目し、まずは安全性、さらには効果も調べる試験を計画した。
【方法】
試験には52人が参加し、それらのうち38人がLDN服用を始めた。2人は有害事象を生じてLDNを中止し、36人が2ヵ月のLDN服用期間後の問い合わせに回答し、症状や体調の指標7つの変化が検討された。
【結果】
結果は有望で、それら7つ中6つ(COVID-19症状、体の不自由さ、活力、痛み、集中、睡眠障害)の改善が認められました。気分は改善傾向を示したものの有意レベルではなかった。
Lambert氏のライム病患者への使用目的と符合し、LDNは痛みに最も有効であった。今回に限らずLDNの慢性痛緩和効果はこれまでのいくつかの試験でも認められている。
先立つ試験でも示唆されているとおりLDNは安全で、LDN服用中止に至る有害事象を生じたのは2人のみで、被験者のほとんど95%(36/38人)は無事にLDNを服用できた。
【結論】
今回の試験はコントロール群がないなどの不備があり、示唆された効果が全部LDNの効果であると判断することはできない。現在、LDNの効果の確かさを調べるために大規模試験を計画している。
用語の解説
- *1. ナルトレキソン、低用量のナルトレキソン(LDN; Low Dose of Naltrexone)
- オピオイドのμ受容体に対する拮抗薬。依存症の原因の一つとなる麻薬や飲酒の“報酬効果”をブロックし、麻薬や飲酒に伴う高揚感などを失わせることで、依存症の治療に結びつくとされる。通常、これらの中毒治療には1日50mgから200mgが使用されるが、低用量(1.75〜4.5mg)のナルトレキソンの服用により内因性オピオイド産生の増加や腫瘍細胞のオピオイド受容体の増加などの作用を通じて免疫系の調節が行われ、膠原病や癌など様々な疾患の進行を止める作用があると考えられている。
- *2. オピオイド受容体
- オピオイド系薬物と特異的に結合し、作用を発現するレセプター。7回膜貫通型受容体(GPCR)に分類される。μ(ミュー)、κ(カッパ)、δ(デルタ)の3種のサブタイプがある。(μはMOP、κはKOP、δはDOPとも呼ばれる)。MOP(μ)レセプターはのアゴニストはモルヒネのほかにフェンタニルで、メチオニンエンケファリンやβ-エンドルフィンも作用する。大脳皮質や視床のMOP(μ)レセプターを刺激すると下行性の抑制系が活性化し間接的に、脊髄後角に存在するMOP(μ)レセプターを刺激すると侵害刺激伝達が直接抑制され、鎮痛作用を発揮する。そのほかに、胃腸運動の減少・縮瞳・多幸感・徐脈・神経伝達物質の抑制作用などがあり、呼吸抑制や依存性はMOP(μ)レセプターによる。
- *3. ライム病
- ライム病とは、ボレリア(代表的にはBorrelia burgdorferi)と呼ばれる細菌を原因菌とする感染症で、ダニの一種である“シュルツェ・マダニ(Ixodes persulcatus)”に刺されることによって伝播する。ボレリアは、発生数は少ないものの、媒介者となるマダニは日本にも生息しており、潜在的な流行の可能性は秘めている。ライム病の症状は、皮膚症状を伴うインフルエンザのような症状から始まり、病状は数か月から数年の単位で慢性的に進行し、神経や心臓、関節など、全身に合併症が生じることもある。
今回の論文のポイント
- 本論文の結果より、ナルトレキソンLDN治療の安全性が認められました。さらに大規模な症例数で治療効果が観察されることが期待されます。
- ナルトレキソンは既存薬ですから、新薬の開発に比べて時間が短縮でき、経費も少なくて済むという利点を考慮すると、早くlong COVIDの治療薬となる可能性があります。
- 文献1
- Brendan O'Kelly et al., Safety and efficacy of low dose naltrexone in a long covid cohort; an interventional pre-post study, Brain Behav Immun Health. 2022 Oct; 24: 100485.