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2022/12/13

高齢化社会日本におけるコロナ禍超過死亡率

文責:橋本 款
図1.

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は高齢者において重症化・死亡リスクが高いため、高齢化率が世界一である日本ではCOVID-19のパンデミックによって死亡率が高くなることが予想されていました。しかしながら、実際にはコロナ禍の超過死亡率*1の増加(2019年12月~2021年12月)が最も少ない国の1つでした(図1)。このパラドックスの理由を明らかにすることは、今後のパンデミックに対処する上で重要です。このような視点から、東京慈恵会医科大学の浦島教授らは、世界保健機関(WHO)が算出した160カ国の2020~21年の超過死亡率を解析し、COVID-19流行前の60歳平均余命が、この期間におけるコロナ禍超過死亡率と強く逆相関していたことを見出しました(図1)。この結果は、最近のJAMA Network Open誌に掲載されました(文献1)ので、今回はこの論文を取り上げます。


文献1.
Mitsuyoshi Urashima Urashima, M., Association Between Life Expectancy at Age 60 Years Before the COVID-19 Pandemic and Excess Mortality During the Pandemic in Aging Countries, JAMA network open. 2022 10 03;5(10);e2237528.


【背景・目的】

高齢化率世界一の日本がコロナ禍の超過死亡率を最も低く抑えたのは注目すべきことである。著者らは、この理由を明らかにするために、WHOが発表した160カ国の超過死亡率を解析して、コロナ流行以前(2016年など)における健康、幸福度、人口、経済などの50項目の指標と、コロナ流行中(2020年1月~2021年12月)の死亡率の変動との相関を調査した。

【方法】

著者らは、超過死亡率の判明している160ヵ国を人口の60歳以上が占める割合に基づいて4つのグループに分け、そのうち、高齢者率が最も高い40ヵ国のグループにおいて、コロナ流行前の各国公表データとの関係を調査した横断研究*2を行った。

【結果】

  • 高齢者率が最も高いグループは欧米諸国、旧ソビエト連邦、東ヨーロッパ諸国、日本、韓国などの40ヵ国から構成された。これらの国のほとんどで超過死亡率は高かったが、グループ内での開きがあり、ニュージーランド、オーストラリア、日本、ノルウェーの順で超過死亡率がマイナスであった。ロシアを含む旧ソビエト連邦や東ヨーロッパ諸国の超過死亡率は桁違いに高かった(200を超えた)。
  • 50項目の指標で最も相関の強かった因子は「60歳の平均余命」で、相関係数*3は-0.91であった。
  • 2番目に相関の強かった因子は「2021年末までのワクチン2回接種率」で、相関係数は-0.82であった。
  • 3番目は「国民1人当たりの国内総生産」で、相関係数は-0.78であった。同様の傾向はスペイン風邪のときにも認められていた。
  • 多変量解析*4の結果、「60歳の平均余命」だけに有意差があり、「2021年末までのワクチン2回接種率」と「国民1人当たりの国内総生産」の有意性は失われた。したがって、後者2因子は「60歳の平均余命」と超過死亡率との関係に対しての交絡因子*5であると考えられた。

【結論】

これらの結果より、著者らは、我が国のコロナ禍超過死亡率の低値は、平時における質の高い医療システムとパンデミックを含む医療脅威からのレジリエンス(自発的治癒力)による高齢者の長い平均余命に関連していると考えた。

用語の解説

*1. 超過死亡率
感染症による死亡だけでなく、他疾患を含めたすべての死亡数が例年ある時期の本来想定されている死亡者数より増えることが超過死亡(Excess mortality; EM)であり、超過死亡率とは、特定の母集団の人口当たりのEMが一時的に増加し、本来想定される死亡率(期待値)の取りうる値(信頼区間)を超過した割合のことである。通常、熱波、寒波、伝染病、パンデミック、飢饉、戦争などの原因によって引き起こされる。
*2. 横断研究(cross-sectional study)
ある特定の対象に対して、疾患や障害における評価、介入効果などを、ある一時点において測定し、検討を行う研究。過去にさかのぼったり、将来にわたって調査したりはしない。利点としては、時間的・経費的な効率が良く、いくつかの要因に着目して比較でき、様々な要因を一度に測定し、検討できるなどの点があげられ、欠点としては、バイアスの影響が入りやすく、原因と結果の因果関係が明確ではないなどの点があげられる。
*3. 相関係数
2つのデータまたは確率変数の間にある線形な関係の強弱を測る指標である。相関係数は無次元量で、−1以上1以下の実数に値をとる。相関係数が正のとき確率変数には正の相関が、負のとき確率変数には負の相関があるという。また相関係数が0のとき確率変数は無相関であるという。
*4. 多変量解析
多変量解析とは、複数の変数に関するデータをもとに、これらの変数間の相互関連を分析する統計的技法の総称である。特定の分析方法を指すものではない。詳しくは、成書をご覧ください。
*5. 交絡因子
交絡とは、統計モデルの中の従属変数と独立変数の両方に(肯定的または否定的に)相関する外部変数が存在すること。そのような外部変数を交絡変数(confounding variable)、交絡因子(confounding factor、confounder)、潜伏変数(lurking variable)などと呼ぶ。

今回の論文のポイント

  • 本論文の結果より、高齢化率世界一の日本が2020年1月~2021年12月におけるコロナ禍の超過死亡率を最も低く抑えることができたのは、「60歳の平均余命」と相関性が高いことが示されました。これは、日本の医療の質の高さなど高齢者の病死を防ぎやすい様々な要素が、パンデミックに伴う被害の軽減につながったと考えられます。
  • 一方で、最近、我が国のコロナ以外の超過死亡数の増加が問題になっています。この原因として、医療逼迫の影響、ワクチンの副作用、自粛に伴うストレスの増加など多くの説がありますがはっきりとしていないので、注視する必要があります。

文献1
Mitsuyoshi Urashima Urashima, M., Association Between Life Expectancy at Age 60 Years Before the COVID-19 Pandemic and Excess Mortality During the Pandemic in Aging Countries, JAMA network open. 2022 10 03;5(10);e2237528.