新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2022/12/20

がん免疫療法の新型コロナウイルス感染症に対する影響

文責:橋本 款
図1.

がんは、肥満、糖尿病、閉塞性肺疾患、心不全など多くの慢性疾患と同様に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の危険因子であることが明らかになりました。他方で、最近、免疫療法が急速に進歩して、進行がんに対しても積極的に治療を行える症例が増えました。そこで懸念されることの一つは、免疫療法により、免疫系が活性化・撹乱されることが、COVID-19のサイトカインストーム*1に影響しないかということです(図1)。この問題に対して、米国・ダナ・ファーバー癌研究所(Dana-Farber Cancer Institute)のZiad Bakouny博士らは、COVID-19を発症したがん患者において、免疫療法単独ではCOVID-19の重症化やサイトカインストームのリスクは増加しにくいが、抗がん剤や放射線療法など他の治療法によりすでに免疫抑制のあるがん患者に免疫療法を実施した場合は、COVID-19の重症化やサイトカインストームの発生につながるリスクがあることを報告しました。これは、がんの治療において重要と思われますので、今回はこの論文(文献1)を取り上げます。


文献1.
Ziad Bakouny, et al., Interplay of Immunosuppression and Immunotherapy Among Patients With Cancer and COVID-19., JAMA oncology. 2022 Nov 03;


【背景・目的】

抗がん剤や放射線療法などのがんの治療がCOVID-19の重症化を促進することはよく知られているが、がんの免疫療法がCOVID-19に及ぼす効果に関する報告はない。したがって、本研究はこの問題を明らかにすることを目的とする。

【方法】

  • 本研究は、2020年3月~2022年5月にCOVID-19 and Cancer Consortium(CCC19)レジストリ*2に報告された1万2,046人のがん患者を解析した後ろ向きコホート研究*3である。
  • 解析対象は、SARS-CoV-2感染が確認された(PCRまたは血清学的所見)がん患者もしくはがん既往歴のある患者で、COVID-19診断前3ヵ月以内に免疫療法(PD-1/PD-L1/CTLA-4阻害薬*4など)で治療された免疫療法群、免疫療法以外(細胞傷害性抗がん剤、分子標的療法、内分泌療法など)で治療された非免疫療法群、未治療群に分けた。
  • 主要評価項目は、5段階の重症度(1.合併症なし、2.酸素吸入を要しない入院、3.酸素吸入を要する入院、4.集中治療室入院/機械的人工換気、5.死亡)とし、副次評価項目はサイトカインストームの発生とした。

【結果】

  • 全体の年齢中央値は65歳(四分位範囲:54~74)、女性が6,359人(52.8%)、非ヒスパニック系白人が6,598人(54.8%)であった。免疫療法群は599人(5.0%)、非免疫療法群は4,327人(35.9%)で、未治療群は7,120人(59.1%)であった。
  • 免疫療法群はCOVID-19重症度(調整オッズ比[aOR]:0.80、95%CI:0.56~1.13)、および、サイトカインストーム発生(aOR:0.89、95%CI:0.41~1.93)で未治療群と差を認めなかった。
  • 免疫抑制状態で免疫療法を受けた患者では、未治療群と比較して、COVID-19重症度(aOR:3.33、95%CI:1.38~8.01)、および、サイトカインストーム発生(aOR:4.41、95%CI:1.71~11.38)が増加した。
  • 免疫抑制状態で非免疫療法を受けた患者においても、未治療群と比較して、COVID-19重症度(aOR:1.79、95%CI:1.36~2.35)、および、サイトカインストーム発生(aOR:2.32、95%CI:1.42~3.79)が増加した。

【結論】

免疫抑制のあるがん患者に免疫療法を行なった場合、COVID-19は重症化、および、サイトカインストーム発生が増加するリスクがあると考えられた。

用語の解説

*1. サイトカインストーム
マクロファージ・リンパ球などから分泌される蛋白質であるサイトカインは免疫応答を調節する生理活性物質であり、ウイルス・細菌などに対する生体防御を担う。サイトカインには様々な種類があり、このうちTNF-alpha・IL-6などは強い炎症応答を引き起こし、炎症性サイトカインと呼ばれている。感染症などによって、大量に産生された炎症性サイトカインが血液中に放出されると、過剰な炎症反応が惹き起こされ、様々な臓器に致命的な傷害を生じることがあり、このような病態をサイトカインストームと呼ぶ。
*2. COVID-19 and Cancer Consortium(CCC19)レジストリ
COVID-19とCancerの共同事業(Consortium)、略してCCC19により収集された記録。現在または過去にがん診断を受けたCOVID-19患者の国際的な多施設集中型のデータよりなる。
*3. 後ろ向きコホート研究
縦断研究の1つで、特定の条件を満たした集団(コホート)を対象にして診療記録などから過去の出来事に関する調査を行う研究手法。対象となった集団の「要因」と「複数のアウトカム」との関連について分析する。 既存の診療データを用いるので、介入研究や前向きコホート研究と比較して研究費や期間がかかりにくく、研究倫理審査を通しやすいという利点があるが、測定計画などを詳細に事前調整していないため、測定精度が相対的に低くなる、また、測定していない要因については解析できないなどの欠点もある。
*4. PD-1/PD-L1/CTLA-4阻害薬
免疫チェックポイント阻害薬の抗PD-1抗体は、PD-1に結合することでPD-L1との結合を阻害し、T細胞を活性化させます。さらに、がん細胞は、CTLA-4を恒常的に発現するTreg(制御性T細胞)などの免疫抑制性細胞を誘導し、CTLA-4経路を介して抗原提示樹状細胞の働きを抑制するが、抗CTLA-4抗体は腫瘍組織のTregを除去することにより、がんの免疫抑制を解除する。前者は、京都大学の本庶 佑博士らにより、後者は、MDアンダーソンがんセンターのJames P. Allison博士らによって開発され、2018年のノーベル医学・生理学賞を共同受賞した。

今回の論文のポイント

  • 本論文の結果から、すでに免疫抑制のあるがん患者に免疫療法を実施した場合は、COVID-19の重症化やサイトカインストームの発生につながるリスクがあることが推定されました。詳細なメカニズムを知りたいところです。
  • がんに限らず、認知症をはじめ、多くの疾患で免疫系を賦活・撹乱する治療法の開発が進んでおり、これらの患者さんは免疫機能が低下していることも多いので、注意を払う必要があるかも知れません。

文献1
Ziad Bakouny, et al., Interplay of Immunosuppression and Immunotherapy Among Patients With Cancer and COVID-19., JAMA oncology. 2022 Nov 03;