新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患すると、特に高齢者は認知機能が低下することが知られていますが、その機序は必ずしも明らかでは無く、これまで、分子的な解析はありませんでした。このような状況で、最近、ハーバード大学ベス・イスラエル・ディーコネス医療センターのMavrikaki博士らは、重症COVID-19患者由来の死後脳のトランスクリプトーム解析*1 による遺伝子発現プロファイルから、パスウェイ解析*2 を行ない、その結果、COVID-19の重症患者由来の前頭葉で発現した遺伝子の発現パターンが高齢者のそれと類似すること、その病態において、TNFやInterferonなどの炎症性サイトカインが重要な役割を持つことを見出しました(図1)(文献1)。これらの結果は、COVID-19が脳の老化を促進する可能性を示唆すると解釈できる所見であり、分子的な証拠に基づいた治療に結び付くポテンシャルがあると考えられます。新年の初回はこの興味深い論文(文献1)を御報告致します。
文献1.
Maria Mavrikaki et al., Severe COVID-19 is associated with molecular signatures*3 of aging in the human brain, Nature Aging | Volume 2 | December 2022 | 1130–1137
【背景・目的】
COVID-19に罹患すると認知機能は低下するが、正常老化においても認知機能の低下を伴うことから、一つの解釈として、COVID-19の老化に対する促進効果が考えられた。本プロジェクトは、この仮説を剖検脳の前頭葉皮質における遺伝子発現のトランスクリプトーム解析を通して検討することを目的とした。
【方法】
- 重症のCOVID-19患者21人、年齢(±2歳)と性別をマッチさせた神経疾患や精神疾患の既往のない非感染者22名、さらに集中治療室(ICU)や人工呼吸器(VENT)の治療歴がある非感染者9名のコントロール(22歳〜85歳。ICU/VENT)の死後前頭葉皮質サンプルのRNA配列解析(RNA-seq)を行った。
- これらの脳は死後経過して50時間以内のものであり、2020年9月1日~2021年12月31日にブリガム・アンド・ウィメンズ病院(ハーバード大学医学部の関連病院)、一部は、NIHのニューロバイオバンクより入手した。
【結果】
(データの量が多いので)一部を抜粋して報告いたします。
- COVID-19感染者と、年齢や性別をマッチさせた対照者を比較したところ、6,993個の異なる発現遺伝子(DEG)が見つかり、そのうち3,330個が増加、3,663個が低下していた。
- パスウェイ解析では、免疫関連経路が陽性に、シナプス活性、認知・記憶経路が陰性に濃縮されるなど、ヒト脳の老化に関連する多数の遺伝子が有意に重篤なCOVID-19に濃縮されていることが確認された。また、DNA損傷に対する細胞応答、ミトコンドリア機能、ストレスおよび酸化ストレスに対する応答の調節、小胞輸送、カルシウムホメオスタシス、およびインスリンシグナル/分泌経路は、以前から老化プロセスや脳の老化と関連することが知られている。
- 遺伝子セット濃縮解析(GSEA)*4 により、低認知能力者とCOVID-19との間に強い相関があることがわかった。
- 若年者(38歳以下)10人と高齢者(71歳以上)の非感染者10人の剖検前頭皮質試料についてRNA-seq解析を行い、これらの所見をCOVID-19のDEGと比較した結果、COVID-19と高齢者の間に顕著な類似性があることがわかった。
【結論】
これらの結果は、COVID-19の重症化は脳の老化(認知機能の低下)を加速させることを示唆するものであり、COVID-19から回復した患者の神経学的フォローアップをすることにより、老化に関連した神経学的病理および認知機能低下のリスクを低減または発症を遅らせるために危険因子を修正する必要がある。