2023/1/10
最近、中国における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者数の増加が問題になっています。中国では、「ゼロコロナ」政策*1によりCOVID-19を厳しく管理していましたが、昨年11月、各地で政府のゼロコロナ政策に対する抗議運動が起きたため、ロックダウンや隔離といった規制は撤廃され、海外渡航も解禁されました(図1)。このように、COVID-19の感染対策が大幅に緩和された結果、各地で感染が急拡大しています。現時点では、感染力が強いとされるオミクロン株が、日本人を含めた外国人が多く暮らす北京、上海などの大都市を中心に流行していますが、1月21日から中国の旧正月の「春節」にあわせた14億人の大移動が始まり、それに伴って、COVID-19の拡大が地方に波及する可能性が警戒されています。このような憂慮すべき状況にもかかわらず、世界保健機関(WHO)と中国国家疾病予防管理局の間でCOVID-19による死亡の解釈が異なるなどのため、正確な感染者の人数や死者数の実態を把握できず、今後の見通しは立っていません。多くの科学ジャーナルやメディアがこの問題を取り上げており、今回は、これに関連したBritish Medical Journal (BMJ)のNews論文(文献1)を要約して御報告致します。
中国では、COVID-19対策の厳しい「ゼロコロナ」政策が大幅に緩和され、感染者が急増している。それにもかかわらず、中国国家衛生委員会より発表されるCOVID-19による死者数は極端に少ない。また、2020年2月より続いていた同委員会による日々のブリーフィングによるCOVID-19関連データの公開は、2022年12月より中止された。2022年12月20~23日に行われた最後のブリーフィングでは、COVID-19が原因による死者数はいずれもゼロであった。それにもかかわらず、葬儀場は予約でいっぱいで、病院の廊下は人で溢れていた。
正式に発表された中国における死者の総数は、「ゼロコロナ」政策の破綻以来、わずかに6人だけ増加し、パンデミック期間全体で5,241人であった。一方、英国の医療関連調査会社エアフィニティー*2によるモデルは、12月以降の中国におけるコロナによる死者数は11万人、現在の1日あたりの死者数は1万1千人と予測した。
中国は、COVID-19感染者数を少なくするために、症状のある患者のみCOVID-19罹患者とカウントしたが、これは、大部分の国が実践しているWHOの推奨する方法(無症候性の患者も含める)とは異なるものである。さらに、中国は、COVID-19による死者を肺炎・呼吸不全に限定する新たな集計方法を導入した。オミクロン株の感染による肺炎・呼吸不全が死因となるのは稀で、大抵の場合、脳血管障害や心不全などの他の基礎疾患が死因となるがこれらはカウントされない。
中国政府が発表した12月の結果は、中国のメディアから広範な批判と不信を招いた。しかしながら、軍隊のインターネット検閲はこれらを抑圧したり、混雑した病院や空っぽの職場についての話を削除しなかったのは、大部分の人々の毎日の生きた経験であることに気づいていたと考えられる。実際、風邪やインフルエンザの薬はほとんどの薬局の棚から無くなり、イブプロフェン(抗炎症剤)は、政府の指示により、6個を限度に個人に売られている。ソーシャルメディアの医者は、病院の職員の80%が感染していると述べている。
WHOの緊急事態ディレクターであるMike Ryan氏は、「中国の病院における集中医療室(ICU)の入院患者数は比較的少ないと報告されているが、本当は、溢れかえっていという噂である。しかしながら、中国政府が意識的に状況を作っているのではなく、彼らは時代遅れなのだろう」と述べている。
中国は、1月8日、中国へ入国・帰国する人々に対する強制的な隔離を中止した。この規則の変更により、中国を出国する旅行客が増加する引き金になると予想される。しかしながら、中国政府の当てにならない数字は、オーストラリア、フランス、インド、イスラエル、イタリア、モロッコ、英国、そしてアメリカを含むいくつかの国々は、中国からの旅行客の強制隔離を発表した。BBCラジオの番組で、「もし、中国が前向きで開かれており、多くの他の国のがそうするように、データを共有していれば、こんなことは起こらなかっただろう」と英国保守党の議員で保健社会福祉委員会議長のSteve Brine氏は述べている。
中国で流行している変異株は、中国からの旅行客の目的地ですでに流行った後の可能性が高いから、新たな水際対策を支持する伝染病学者は少ない。また、大部分の専門家によれば、現地の中国人の変異株に対する免疫力が高くないことを考慮すれば、ワクチン抵抗性の変異株が進化するかも知れないという懸念は大袈裟なものである。
(エアフィニティーによるモデルは、中国におけるコロナ勃発の最初のピークは、新規感染者数は、1月13日に約370万人に達し、10日遅れて、死者数は2万5千人と予測した。2番目のピークは、地方で激しくなり、3月3日に約420万人の新規感染者数、4月末までの死者数は11万人になるだろうと予測した。
エジンバラ大学疫学者のMark Woolhouse教授は、現在流行しているオミクロン株は、以前の株に比べて毒性が強くないが、それでも、2022年初めに、香港で見られたような入院と死亡の大規模な波の原因となり得ると述べている。2022年初めの香港における9,000人の死亡を中国全土に外挿すれば、200万以上の死者数になると予想される。香港、中国全土のいずれも80歳以上の高齢者のワクチン接種率が43%であるが、香港においてのみmRNAワクチンが使われたのは注意すべきことである。Woolhouse教授によると、シノバック*3のワクチン(中国全土で広く使われている不活化ワクチン*4)はmRNAワクチンに比べて、3倍も重症化率が高いので、広くワクチン接種をカバーしたとしても、オーストラリアやニュージーランドで起きたよりも大きな死亡の波を起こす可能性がある。
中国は、ファイザー社から抗ウィルス薬「パクスロイド」(「2022/8/9抗ウイルス薬パクスロビドによるCOVID-19治療後のリバウンドについて」を参照して下さい。)を購入する契約をし、国内で生産するライセンスを持ったのは朗報であろう。しかしながら、mRNAワクチンに関しては、国内で生産するライセンスを得られなかったため、モデルナ社との契約に至らなかったようである。