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2023/2/8

新型コロナウイルス感染症とアディポカイン分泌異常

文責:橋本 款
図1.

肥満が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の危険因子であることはよく知られています。そのメカニズムの一つとして、脂肪組織からのアディポカイン*1の分泌異常による代謝障害や慢性炎症が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染により増悪し、COVID-19によるサイトカインストーム*2 の原因になる可能性(図1)が考えられています。従って、COVID-19の病態におけるアディポカインの役割を理解することにより、COVID-19のバイオマーカーや治療の開発に結びつくことが期待されます。これまでは、肥満とCOVID-19の関連性に関しては、比較的、少数例の解析結果しか報告されていませんでしたが、最近、オランダの研究グループは、COVID-19の入院患者260例とそのコントロールを用いた横断研究*3 を行い、血液循環中のアディポカインの量がCOVID-19の重症度に相関することを見出しました。この結果は、International Journal of Obesity誌に掲載されましたので、今回はこの論文(文献1)を取り上げます。


文献1.
Flikweert A.W. et al. Circulating adipokine levels and COVID-19 severity in hospitalized patients., International Journal of Obesity volume 47, pages 126-137 (2023)


【背景・目的】

肥満に伴うアディポカインやサイトカイン分泌の調節不全や慢性炎症は、COVID-19の有害な転帰に対する危険因子として重要である。本研究では、血清中のアディポカインがCOVID-19の重篤度、全身性の炎症、種々の臨床的パラメーター、及び、COVID-19患者の転帰に対する相関性について検討した。

【方法】

  • 今回の多施設横断研究においては、COVID-19に感染した患者さんより血液サンプルを収集し、臨床データとともに解析した。COVID-19の重症度は、‘軽度’(入院の必要がない)、‘重度’(一般病棟へ入院)、‘致命的’(ICUへ入院)の3段階に分類した。また、COVID-19以外の病気によるICUへ入院患者、年齢・性別・BMIの一致した個人は、“Lifeline*4 ”から入手した。
  • アディポカイン(レプチン、アディポネクチン、レジスチン、ビスファチン)、及び、炎症性マーカー(TNF-α, IL-6, TNFα, IL-10)をLuminexマルチプレックスアッセイ*5 で測定した。

【結果】

  • 2020年3月~同年12月における260例のSARS-CoV-2感染者を解析した。その内訳の詳細は、以下の通り;COVID-19の重症度は‘軽度’/30例、‘重度’/159例、‘致命的’/71例で、平均年齢65[56–74]歳、BMI 27.0 [24.4–30.6]。
  • 血清レプチンは、肥満で上昇することが知られているが、対照的に重症度が‘致命的’な患者さんにおいて低下していた(表1)。表1
  • 入院を必要としなかった重症度’軽度’の患者さんに較べて、‘重度‘、及び、’致命的’の患者さんでは、血清アディポネクチンは低値を、血清レジスチンは高値を呈した(表1)。また、血清ビスファチンは、‘致命的‘な重症度の患者さんでは、その他の群(重症度’軽度’、及び、’重度’)に較べて高値を呈した(表1)。

【結論】

本研究の結果より、COVID-19による入院;一般病棟における酸素吸入や人工呼吸器の必要性、ICUでの呼吸器系以外の臓器をサポートする必要性、に関して、血清中のアディポカイン濃度がバイオマーカーとなる可能性が考えられた(致死性との相関性は認められなかった)。

用語の解説

*1. アディポカイン
脂肪細胞から分泌される生理活性物質の総称であり、アディポネクチンやレプチン、TNF-αなどが含まれ、その生理活性から善玉と悪玉に大きく分けられる。近年、生活習慣の変化によりメタボリックシンドロームの患者数が増加の一途をたどっているが、これらの物質がメタボリックシンドロームの発症において中心的な役割を果たしていると考えられている。
*2. サイトカインストーム
感染の量が多くなると、炎症の量も多くなり、サイトカインも大量に放出され、それをサイトカインストーム(サイトカインの稲妻、サイトカインの暴走、免疫暴走)と呼んでいる。
*3. 横断研究
横断研究とは、ある特定の時点で収集されたデータを対象とするものである。急性疾患や慢性疾患の有病率の評価に用いられる事が多いが、疾患の原因や介入の結果に関する質問への回答に用いる事は出来ない。横断的データは、時間性が不明な為、因果関係の推測には使用できない。
〔メリット〕
日常的に収集されたデータを使用する事で、大規模な横断的研究を殆ど、あるいは全く費用をかけずに行う事が出来る。これは他の形式の疫学研究に比べて大きな利点である。日常的に収集されたデータを用いた安価な横断研究から、仮説を示唆する症例対照研究、さらに費用と時間のかかるコホート研究や臨床試験へと自然な流れで進んでいく事で、より強力な証拠が得られる可能性がある。
〔デメリット〕
日常的に収集されたデータでは、どの変数が原因でどの変数が結果なのか、通常は記述されていない。元々他の目的で収集されたデータを用いた横断的研究では、交絡因子(推定される原因と結果の関係に影響を与える他の変数)に関するデータを含める事が出来ないケースが多い。
*4. Lifeline
COVID-19パンデミックの影響を分析するために開始されたオランダ北部の3州の住民が参加しているコホート研究。
*5. Luminexマルチプレックスアッセイ
多項目の測定をマルチプレックスなイムノアッセイで実施できるということは生物系における包括的な解析を行う上で重要なツールとなりうる。このような生物系のシステムは、サイトカイン、ケモカイン、増殖因子やその他のタンパク質を含む、分泌タンパク質のネットワークで構成されているため、マルチプレックスなイムノアッセイは、少量のサンプルで大規模なタンパク質のプロファイリングをするのに効果的な方法である。

今回の論文のポイント

  • 本論文の結果より、血清中のアディポカイン濃度は、COVID-19の重症度と相関することが推定されますのでバイオマーカーとして使える可能性が期待されます。
  • 最近では、善玉のアディポネクチンが高齢期では悪玉になるなどの現象も明らかにされており、単純ではないかも知れません(アディポネクチン・パラドックス)。従って、より深い理解が必要に思われます。

文献1
Flikweert A.W. et al. Circulating adipokine levels and COVID-19 severity in hospitalized patients., International Journal of Obesity volume 47, pages 126-137 (2023)