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2023/2/14

加齢に伴うT細胞の機能低下とSARS-CoV-2ワクチン効果の減弱

文責:橋本 款
図1.

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは医僚の分野にとどまらず、経済の停滞を含め、世界中の人々に大きな脅威になりましたが、他方で、ワクチン接種というヒトが均一な抗原刺激を受ける臨床研究の貴重な機会を提供しました。これまで、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミック下において開発されたmRNAワクチンは、高齢者において感染や重症化の予防に高い有効性を示しましたが、誘導される抗体価に関しては、若年〜中年期の成人に較べて、高齢者では有意に低いことが分かっていました。従って、加齢に伴う免疫応答の変化のメカニズムを理解するためには、多くの高齢者、及び、非高齢者から得られるワクチン接種から得られるデータを解析することは意義深いと思われます。最近、京都大学iPS細胞研究所のグループは、SARS-CoV-2ワクチン接種後の免疫応答を詳細に解析し、高齢者においてヘルパーT細胞応答の立ち上がりが遅いことが、抗体産生やキラーT細胞の活性化や副反応の頻度が低いことと関係することを明らかにしました(図1)。その結果は、Nature Aging誌に掲載されましたので、今回はこの論文(文献1)を解説致します。


文献1.
Jo, N. et al., Impaired CD4+ T cell response in older adults is associated with reduced immunogenicity and reactogenicity of mRNA COVID-19 vaccination., Nature Aging volume 3, pages 82-92 (2023)


【背景・目的】

高齢であることは、COVID-19重症化の大きな危険因子です。これは、加齢に伴って免疫の機能が低下すること、すなわち、免疫老化*1、が大きな原因であるが、特に、ウイルス感染細胞の排除や抗体応答において中心的な役割を担う免疫細胞であるT細胞の機能が低下することに起因すると考えられている。本研究では、ワクチン接種というヒトが均一な抗原刺激を受ける貴重な機会を活用し、T細胞応答の動態の違いやヘルパーT細胞*2の応答が低下する仕組み、抗体応答やキラーT細胞*3の活性化との関係を明らかにすることを目的にした。

【方法】

SARS-CoV-2に対するmRNAワクチンBNT162b2(Pfizer社)を接種した高齢者(65歳以上107名;男43, 女64)と成人(65歳未満109名;男56, 女53)計216名から、ワクチン接種前、1回目接種から約2週間後、2回目接種から約2週間後、1回目接種から3ヶ月後に、血液を採取し、ワクチン接種後のT細胞応答と、それが抗体産生や副反応とどのように関連するのかを調べた。

【結果】

  • 高齢者ではワクチン接種後のヘルパーT細胞応答の立ち上がりが遅く、収束は逆に早いことが分かった。
  • 高齢者のワクチン特異的ヘルパーT細胞は、PD-1(Programmed cell death -1)*4 を高レベルで発現していることから、T細胞活性化を抑えている可能性が示唆された。
  • ヘルパーT細胞応答の立ち上がりが遅い例では、抗体価の最大値やキラーT細胞の活性化だけでなく、全身性副反応の頻度も低いことが分かった。
  • ワクチンで誘導される免疫応答には、年齢差、個人差があることが明らかになった。

【結論】

これらのことから、ワクチン効果を増強させるためには、初回接種によるヘルパーT細胞の応答を高め、サイトカインを十分に産生させることが望ましいと考えられた。また、本成果は、高齢者など免疫機能が低下しつつある人に対しても高い効果をもつワクチン製剤の開発や、個人の免疫状態に適した接種計画のデザインに役立つと考えられる。

用語の解説

*1. 免疫老化
加齢に伴い個体の免疫機能は、外来病原体に対する獲得免疫応答の低下(たとえばワクチン効率の低下)や過剰な炎症反応傾向などの特徴的な変化を示し、一般に「免疫老化」と呼ばれている。免疫老化は、加齢に伴うがんの増加への関与も示唆されている。免疫老化は免疫細胞(とくにTリンパ球)の全体的な機能劣化によるものと従来考えられてきている。
*2. ヘルパーT細胞
免疫に関わる体内物質であるT細胞の一種。ウイルスなどの抗原を消化するマクロファージから抗原の情報を受け取ることでサイトカインという体内物質を放出して、抗原を破壊するキラーT細胞や、抗体(抗原を撃退する物質)を作り出すB細胞、マクロファージに免疫反応をすすめるように指令を出す働きをもつ。
*3. キラーT細胞
T細胞はリンパ球の一種で、血中リンパ球の60~80%を占める。骨髄由来の未熟なリンパ球が胸腺で分化・成熟し血流や末梢組織に移行するため、胸腺:ThymusのTをとってT細胞と名づけられました。T細胞は、細胞表面に発現するT細胞抗原受容体を介して、マクロファージや樹状細胞などの抗原提示細胞から抗原情報を受け取り、さまざまな機能を発揮するようになる。T細胞は、キラーT細胞とヘルパーT細胞の2種類に大別される。キラーT細胞は、ウイルス感染細胞やがん細胞を殺傷し排除する細胞性免疫に関わる。一方、ヘルパーT細胞は抗原刺激に応答して、他の免疫細胞のはたらきを調節する司令塔の役割を果たす。
*4. PD-1(Programmed cell death -1)
免疫チェックポイント受容体であるPD-1(Programmed death receptor-1)は、腫瘍環境で過剰発現しており、T細胞の疲弊化が促進されるため、抗腫瘍免疫応答が減弱する。PD-1の阻害は細胞傷害性T細胞の免疫機能を賦活化させる。PD-1は、T細胞の細胞死誘導時に発現が増強される遺伝子として1992年に京都大学の本庶佑博士のグループによって単離・同定され、さらに、1998年に作製されたPD-1欠損マウスが脾腫、血中免疫グロブリンの増加、脾B細胞の抗IgM刺激に対する反応性亢進等を来したことから、 PD-1は生体内において免疫反応を負に制御している事が明らかとなった。

今回の論文のポイント

  • 本論文の結果より、ヘルパーT細胞やキラーT細胞などの加齢に伴う機能低下が高齢者におけるSARS-CoV-2に対するワクチン効果の減弱の原因であると推定され、ワクチンの効果を増強させるためには、ヘルパーT細胞の応答を高め、サイトカインを十分に産生させることが有効であると考えられました。
  • 当然、このことはCOVID-19だけでなく、がんや認知症、パーキンソン病など、他の高齢疾患にも適用出来る可能性があり興味深いと思われます。

文献1
Jo, N. et al., Impaired CD4+ T cell response in older adults is associated with reduced immunogenicity and reactogenicity of mRNA COVID-19 vaccination., Nature Aging volume 3, pages 82-92 (2023)