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2023/2/14

新型コロナウイルスORF7aタンパク質、ORF3aタンパク質はそれぞれ異なるメカニズムによってMHC-Iをダウンレギュレーションする。

文責:丹野 秀崇

SARS-CoV-2 accessory proteins ORF7a and ORF3a use distinct mechanisms to down-regulate MHC-I surface expression, Arshad ら PNAS 2023


【概要】

本論文ではSARS-CoV-2のタンパク質が人間の細胞が持つ抗原提示能に及ぼす影響について解析しています。人間の細胞はウイルスに感染すると、ウイルス抗原タンパク質をペプチドまで分解し、MHC-Iと呼ばれるタンパク質に結合させて細胞表面に提示します。この現象は抗原提示と呼ばれおり、細胞表面に提示されているペプチド抗原-MHC複合体をT細胞が認識し、感染細胞を殺傷することによってウイルスの増殖を防いでいます。これまでにSARS-CoV-2のORF8と呼ばれるタンパク質がMHC-Iと結合し、MHC-Iのオートファゴソームにおける分解を促していることが報告されていました。

本論文ではSARS-CoV-2のタンパク質ORF3aおよびORF7aがORF8とは異なるメカニズムによりMHC-Iの機能を抑制していることを報告しています。ORF3aはゴルジ体を断片化することによって、MHC-Iを含む細胞膜タンパク質の輸送経路を阻害し、MHC-Iの細胞表面レベルを低下させることが明らかとなりました。また、ORF7aはMHC-Iと特異的に結合し、ER内に留まらせることによって、MHC-Iによる抗原提示能を低下させることが判明しました。SARS-CoV-2が複数の戦略によって細胞が持つ抗原提示能を減弱させ、獲得免疫系から逃避していることが明らかとなり、これらは新規の治療戦略を考える上で重要な知見と言えます。

【具体的な研究内容】

著者らはVeroE6細胞とHEK293T-hAce2細胞にSARS-CoV-2を感染させたところ、細胞表面のMHC-Iの発現が30から40%低下しました。そこで、SARS-CoV-2のどのタンパク質がMHC-Iの細胞表面レベルを低下させているのか解明を試みました。SARS-CoV-2のORF8タンパク質は先行研究によりMHC-Iの機能阻害をすることが報告されています。ORF8はER-localization signalを持ちますが、ORF7aと呼ばれるタンパク質もER-localization signalを持ち、更に、ORF3aと呼ばれるタンパク質は脂質膜に組み込まれることが知られており、どちらもMHC-Iの抗原提示経路に関与していることが推測されたため、これらのタンパク質について更なる解析を進めました。

ORF7a, ORF8, ORF3aをHeLaM細胞, HEK293T細胞にトランスフェクションしたところ、MHC-Iの細胞表面レベルが25から30%低下しました。この細胞表面レベルの低下現象がMHC-I特異的なものなのか、あるいは他の細胞膜タンパク質にも起こり得るのかどうかを検証するために、細胞膜タンパク質であるEGFRとCD47の細胞表面レベルの変化を同様の実験で検証しました。その結果、ORF7a, ORF8を発現させてもEGFR, CD47の細胞表面レベルに変化はありませんでしたが、ORF3aを発現させるとこれらのタンパク質の細胞表面レベルが低下しました。このことから、ORF7a, ORF8はMHC-I特異的にその細胞表面レベルを低下させる一方で、ORF3aはタンパク質の細胞表面までの分泌経路を阻害することによって多くの膜タンパク質の細胞表面発現レベルを低下させていると考えられました。

続いて、ORF3aの阻害メカニズムを解明するために、ORF3aを発現させた細胞を免疫染色したところ、ゴルジ体が断片化することが明らかとなりました。以上から著者らはORF3aはゴルジ体の構造を破壊することによってMHC-Iを含む膜タンパク質の輸送を阻害していると結論付けています。

続いて著者らはORF7aのより詳細なMHC-Iの阻害メカニズムの解明に取り組んでいます。ORF7aを発現させた細胞のMHC-I mRNAを解析したところ、コントロールと比較して変化が無く、MHC-IのダウンレギュレーションはmRNA転写レベルの変化によるものではないことが判明しました。その上、ORF7aを発現させた細胞、非発現細胞のcell lysate中のMHC-I総タンパク質量は変化がなかったことから、ORF7aはMHC-Iの分泌経路を特異的に阻害することによって、細胞表面レベルを低下させていると推測しています。そこで著者らはEndoglycosidase H (EndoH)を用いた実験系によってそれを証明しています。EndoHはN結合型糖鎖を糖タンパク質から切断することができる酵素であり、分泌経路の解析に使用されています。通常MHC-IはN結合型糖鎖を持ち、分泌経路を通過する際にN結合型糖鎖が様々な修飾を受け、EndoHに耐性になります。もしMHC-Iの分泌経路に異常が生じていれば、糖鎖修飾に変化が起きEndoH耐性にも変化が生じるはずです。ORF7aを発現させた細胞、非発現細胞で新生MHC-Iタンパク質が持つEndoH耐性について調べたところ、ORF7a発現細胞ではMHC-IのEndoH耐性獲得が遅延していました。つまり、MHC-Iの分泌経路が遅延していることが明らかとなりました。更に、細胞が発現する糖タンパク質全体のEndoH耐性変化をORF7a発現細胞で見たところ、ORF7a非発現細胞と比べてほぼ変化せず、ORF7a発現による分泌経路の遅延はMHC-Iタンパク質特異的であることが示されています。

続いて著者らはORF7aによるMHC-I細胞表面レベルの低下がどのような分子メカニズムによって起こっているのかを検証しています。通常、MHC-Iが抗原ペプチドを提示する過程は次のようになっています。まず、MHC-Iはβ2Mと呼ばれるタンパク質と複合体を形成し、そこにpeptide loading complex (PLC)と呼ばれる複合体が結合することによって、ペプチドをMHC-Iにロードします。著者らはORF7aがこの過程内において、どの複合体に結合しているのかを共免疫沈降実験により検証しました。MHC-Iを認識する抗体は様々なクローンが存在し、MHC-I-β2M-PLC complexを特異的に認識するもの、β2MやPLCと複合体を形成していないフリーのMHC-Iだけを認識するものが存在します。これらの抗体クローンを用いて、MHC-Iの免疫沈降を実施したところ、フリーのMHC-Iを認識する抗体を使用した時のみORF7aが共沈降しました。このことからORF7aはβ2Mと競合してMHC-Iに結合していることが示唆されました。

この現象を裏付けるためにClusPro protein–protein dockingと呼ばれるタンパク質間相互作用予測プログラムを用いてMHC-I-ORF7a、MHC-I-β2Mの相互作用を解析したところ、ORF7aとβ2MはMHC-Iの同一のタンパク質領域を認識していることが判明しました。ORF7aがβ2Mと競合していることから、著者らはβ2Mを過剰発現させればORF7aのMHC-I阻害を阻止できると考え、解析を行ったところ、実際にβ2Mの過剰発現によりMHC-Iの細胞表面レベルが回復したことを報告しています。

更に、著者らはORF7aによるMHC-Iの阻害が細胞内のどの部位で起きているかを免疫染色により調べています。まず、野生型のORF7aを発現させたところ、ERおよびゴルジ体に局在し、その際MHC-Iは細胞膜ではなく、主にERに局在しました。ORF7aはER-retrieval signal配列を保有していたため、ERRSを変異させたORF7aを発現させたところ、変異型ORF7aはゴルジ体に局在し、MHC-Iは細胞膜に局在しました。このことからORF7aはMHC-Iと結合し、ERRSを用いることでMHC-IをERに留まらせていることが明らかとなりました。

最後に、著者らは実際のMHC-Iによる抗原提示がORF7aの発現により変化するかどうかを検証しています。エプスタイン・バール・ウイルスのLMP2A抗原のMHC-Iによる細胞表面提示がORF7a発現下で変化するかどうかを検証しました。その結果、野生型のORF7aを発現させると、細胞表面のLMP2A抗原-MHC-I複合体の量が低下しました。以上から著者らはORF7aはMHC-Iの分泌経路を阻害することによって、実際の抗原ペプチド提示レベルも低下させていると述べています。


  • SARS-CoV-2 accessory proteins ORF7a and ORF3a use distinct mechanisms to down-regulate MHC-I surface expression
    Arshad ら PNAS 2023