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2023/2/21

新型コロナウイルスによるフェロトーシス細胞死の誘導

文責:橋本 款
図1.

細胞死は、主として、「プログラム細胞死/制御された細胞死」であるアポトーシス(apoptosis)、および「事故的細胞死」であるネクローシス(necrosis)の2つのタイプからなりますが、アポトーシス以外にも、ネクロトーシス(necroptosis)*1、フェロトーシス(ferroptosis)*1、パイロトーシス(pyroptosis)*1 など、さまざまな異なるタイプのプログラム細胞死が報告されています(図1)。ウイルス感染への応答にはこれら細胞死の経路の活性化が含まれており、ウイルス毒性や宿主組織への損傷に重要な役割を担うと考えられていますが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染した細胞ではフェロトーシスが起きているのではないかと注目されています(図1)。従って、フェロトーシスを防ぐことが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)効果的な予防法や治療法の開発につながる可能性があります。このような背景で、最近、イタリア・米国の研究グループが、COVID-19の患者さんの重症度に応じて血液中のフェロトーシスの誘導活性が増すことを見出して報告しましたので、今回はその論文(文献1)に焦点を当てたいと思います。


文献1.
Jankauskas, S.S. et al., COVID-19 Causes Ferroptosis and Oxidative Stress in Human Endothelial Cells, Antioxidants 2023, 12(2), 326


【背景・目的】

最近、SARS-CoV-2の感染した細胞ではフェロトーシスによる細胞死が起きやすくなると推定されている。この仮説が正しければ、フェロトーシスを防ぐことにより、COVID-19の効果的な予防法や治療法の開発につながる可能性が考えられる。このような重要性にもかかわらず、現時点で、COVID-19とフェロトーシスに関する報告はあまり多くない。本研究では、SARS-CoV-2に感染した患者さんの血清では、フェロトーシスの誘導活性が増しているのではないかと考え、これを証明することを目的にした。

【方法】

COVID-19による入院患者さん(生存;n=22 男74% 女26%, 62+/-8.4歳)(死亡; n=20 男72% 女28%, 63+/-14歳)から採血し、血清を分離・調整した。それらをヒト内皮細胞HUVECの培養液中に加えて、活性酸素(ROS)*2の生成、脂質過酸化反応(Lipid peroxidation)*3とCOVID-19の重症度(転帰が生存、又は、死亡)との相関性を検討した。

【結果】

  • 生存者由来の血清サンプルに較べて、非生存者由来のサンプルは、内皮細胞の脂質過酸化を有意に亢進することが分かった。
  • さらに、GPX4*4、および、SLC7A11*4などのフェロトーシスの分子マーカーの発現は、非生存者由来のサンプルを加えた内皮細胞において有意に増加していた。
  • 内皮細胞におけるTNF受容体R1の発現を抑制した結果、非生存者由来のサンプルを加えた内皮細胞におけるフェロトーシスの分子マーカー発現の増加は打ち消されたことから、TNFがフェロトーシスに重要であると思われた。

【結論】

以上をまとめると、COVID-19で入院して死亡した患者さん由来のサンプルは、生存して退院出来た患者さんのそれらに較べて、ヒト内皮細胞を用いたイン・ビトロの系でフェロトーシス誘導能が亢進していることが示された。これらの結果をイン・ビボの系で証明するなど、さらなる研究が必要である。

用語の解説

*1. ネクロトーシス(necroptosis)、フェロトーシス(ferroptosis)、パイロトーシス(pyroptosis)
ネクローシスは受動的で、プログラムされない細胞死であると考えられてきたが、近年、ネクローシスに類似した、カスパーゼとは独立のプロセスを経るプログラムされた細胞死の存在が明らかになってきた。
ネクロプトーシスと呼ばれるプログラムされたネクローシスは、外因性刺激(デスレセプター-リガンドの結合)、内因性刺激(微生物由来の核酸)のどちらによっても誘導される場合があり、カスパーゼ活性によって阻害される。
フェロトーシスは、鉄に依存し、過酸化脂質の蓄積によって特徴付けられるプログラム細胞死の一種であり、グルタチオン依存的な抗酸化防御の破綻によって始まり、脂質の過酸化が抑制されず、最終的には細胞死を引き起こす。
パイロトーシスは、病原体関連分子パターン(PAMPs)またはダメージ関連分子パターン(DAMPs)の存在下で、細菌、ウイルス、真菌、原生生物の細胞内感染時に誘導されるプログラムされたネクローシス性細胞死の一種であり、通常、単球、マクロファーおよび樹状細胞などの自然免疫系の細胞で誘導される。
*2. 活性酸素(ROS)
活性酸素とは、呼吸によって取り込んだ酸素の一部が通常よりも活性化した状態のことである。ヒトを含む哺乳類の場合、取り込んだ酸素の数%が活性酸素になる。白血球から作られる活性酸素は細胞伝達物質や免疫機能としての働きがあり、私たちの身体の働きを正常に保つうえでも不可欠な役割を担っている。一方で、活性酸素には強い酸化作用がある。通常、私たちにはこの酸化作用から身体を守る抗酸化防御機能が備わっており、活性酸素によるダメージを抑制・修復することが可能である。しかし、外部要因など何らかの原因で活性酸素が多く生成され、抗酸化防御機能とのバランスが崩れると、身体が強い酸化ストレスにさらされることとなり、老化、疲労、各種疾患などが引き起こされる。
*3. 脂質過酸化反応(Lipid peroxidation)
脂質の酸化的分解反応のことをいう。フリーラジカルが細胞膜中の脂質から電子を奪い、結果として細胞に損傷を与える過程は、フリーラジカルの連鎖反応のメカニズムによって進行する。脂質過酸化反応は、通常、多価不飽和脂肪酸にしばしば影響を与える。それは、多価不飽和脂肪酸は特に反応性の高い水素を有するメチレン基に挟まれた複数の二重結合を有しているためである。他のラジカル反応と同様に、脂質過酸化反応は、開始、進行、停止の3つの主要な反応で構成される。
*4. フェロトーシスのマーカー;GPX4, SLC7A11, など
グルタチオンペルオキシダーゼ4(GPx4)はセレン含有酵素で、還元型グルタチオン(GSH)をコファクターとして、生体膜の過酸化脂質をアルコールへと還元し、過酸化脂質の蓄積を抑える。グルタチオンペルオキシダーゼ4(Glutathione Peroxidase 4, GPx4)GPX4の障害やGSHの枯渇により、過酸化脂質が蓄積するとフェロトーシスが引き起こされる。
システイン–グルタミン酸対向輸送体であるSLC7A11が、エフェロサイトーシスの阻害因子として特定され、SLC7A11の阻害により創傷治癒とアポトーシス細胞の除去を促進する。

今回の論文のポイント

  • 本論文の結果より、様々な組織におけるCOVID-19の病態に、SARS-CoV-2の引き起こすフェロトーシスが関与していると推定されました。したがって、フェロトーシスを抑制することがCOVID-19の予防や治療に有効であると考えられます。
  • 興味深いことに、最近、ビタミンKがフェロトーシス阻害に有効であることが示されており(Mishima et al., Nature 2022)、COVID-19の治療に対する有効性が期待されます。
  • フェロトーシスはCOVID-19だけでなく、がんや神経変性疾患などにも関与することが言われており、これらの疾患の治療、特にCOVID-19との合併症において、適用出来る可能性があります。

文献1
Jankauskas, S.S. et al., COVID-19 Causes Ferroptosis and Oxidative Stress in Human Endothelial Cells, Antioxidants 2023, 12(2), 326