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2023/3/1

新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの同時感染について

文責:橋本 款
図1.

2019年12月の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のパンデミックの勃発以来、新型コロナ感染症(COVID-19)とインフルエンザ感染症の同時罹患は常に想定されてきました。これまで大きな問題にならなかったのは、SARS-CoV-2の感染対策の強化に伴いインフルエンザの流行も抑えられたのが一因ではないかと考えられます。しかしながら、最近では、沖縄県、石川県、福井県、岩手県で「警報*1」レベルを超えており、東京都や大阪府では「注意報」*1 が出されました。近いうちに、COVID-19の感染症法での位置付け*2 が2類から5類に引き下げられて、SARS-CoV-2に対する感染対策の規制が緩和されれば、SARS-CoV-2とインフルエンザウイルスの同時感染はより大きな問題に発展する可能性があります。インフルエンザウイルスは、主に経口感染であることから、家庭内はインフルエンザの感染が広がりやすい環境と考えられます。これに一致して、最近、米国疾病予防管理センター(CDC)*3 より、COVID-19パンデミックでインフルエンザウイルス家庭内感染率が有意に上昇(〜2.3倍)したことが報告されましたので(図1)、今回はこの論文(文献1)を取り上げたいと思います。


文献1.
Rolfes, M.A. et al., Household Transmission of Influenza A Viruses in 2021-2022, JAMA 2023; 329(6):482-489.


【背景・目的】

SARS-CoV-2のパンデミックの期間(2019-2020年)にインフルエンザの流行は抑えられ、インフルエンザに対する自然免疫力が失われた結果、2021-2022年においては抗原性の変化したインフルエンザに対する抵抗力が低下し、より感染しやすくなったのではないかと懸念された。また、インフルエンザは家庭内感染が大きな原因の一つであり、コロナ禍で外出を控える時間が増えたことも一因であると予想された。従って、本研究では、2021-2022年のCOVID-19パンデミック中のインフルエンザウイルス家庭内感染率と2017-2020年のCOVID-19パンデミック前のシーズンの同感染率を比較することを目的とした。

【方法】

  • 著者らは、前向きコホート試験を行い、2021-2022年のインフルエンザシーズン中の家庭内インフルエンザ感染リスクと、COVID-19パンデミック前のインフルエンザシーズン中の同リスクを比較した。
  • COVID-19パンデミック前シーズンの2州(ウィスコンシン、テネシー)と、2021-2022年のシーズン中の4州(アリゾナ、ニューヨーク、ノースカロライナ、テネシー)を対象とした。
  • 家庭内で最初に検査で確定されたインフルエンザA(H3N2)ウイルス*4 感染者を1次症例とし、同居する家族には試験登録後5-10日間にわたり、毎日、鼻腔ぬぐい液でインフルエンザウイルス遺伝子の検査を実施するとともに、症状に関しての日誌を記録してもらった。
  • COVID-19パンデミック前シーズンと比較した2021-2022年のシーズン中の家庭内での検査確定インフルエンザAウイルス感染の相対リスクを評価した。リスクは、年齢、ワクチン接種状況、1次症例との接触頻度、家庭内密度により補正し推算した。また、年齢、ワクチン接種状況、1次症例との接触頻度別の解析も行った。

【結果】

  • 解析には、COVID-19パンデミック前シーズン中の1次症例152例(年齢中央値13歳、女性52.0%、黒人3.9%)と同居家族353例(33歳、54.1%、2.8%)、2021-2022シーズン中の1次症例84例(10歳、52.4%、13.1%)と同居家族186例(28.5歳、63.4%、14.0%)が含まれた。
  • COVID-19パンデミック前シーズン中に、1次症例からインフルエンザA(H3N2)ウイルスに感染した同居家族は20.1%(71/353例)だったのに対し、2021-2022シーズン中は50.0%(93/186例)だった。
  • 2021-2022シーズンのCOVID-19パンデミック前シーズンに対する、インフルエンザA(H3N2)ウイルス家庭内感染の補正後相対リスクは2.31(95%信頼区間[CI]:1.86~2.86)だった。

【結論】

以上をまとめると、米国5州におけるコホート試験で、2021-2022年のインフルエンザシーズン中のインフルエンザA(H3N2)ウイルス家庭内感染率は、2017-2020年のCOVID-19パンデミック前のシーズンの同感染率に比べ、家庭内感染リスクは有意に上昇(2.31倍)していた。今後、さらなる検討を行い、関連性の要因を明らかにする必要がある。

用語の解説

*1. インフルエンザの「注意報」、「警報」
警報の意味は、大きな流行が発生または継続しつつあることが疑われるということである。注意報の意味は、流行の発生前であれば、今後4週間以内に大きな流行が発生する可能性があるということ、流行の発生後であれば流行が継続している(終息していない)可能性が疑われることである。警報は、1週間の定点あたり報告数がある基準値(警報の開始基準値)以上の場合に発生する。前の週に警報が発生していた場合、1週間の定点当たり報告数が別の基準値(警報の継続基準値)以上の場合に発生する。注意報は、警報が発生していないときに、1週間の定点あたり報告数がある基準値(注意報の基準値)以上の場合に発生する。
*2. COVID-19の感染症法での位置付け
1999年4月に施行された「感染症法」は、それまでの「伝染病予防法」「性病予防法」「エイズ予防法」が統合されたもので、感染症予防やその患者が受ける医療措置について定められている。感染症法では、症状や原因となるウイルス・細菌の感染力に応じて、1-5類とその他3つに分類され、分類毎に国や自治体での措置が決められている。COVID-19は、この感染症法上では結核や重症急性呼吸器症候群(SARS)並みに危険度が高い「2類相当」に分類されていますが、5月8日から「2類相当」から「5類」へ移行する。
*3. 疾病対策予防センター(Centers for Disease Control and Prevention: CDC)
アメリカ国内外における人々の健康と安全の保護を主導する立場にある連邦機関であり、健康に関する種々の決定の根拠となる信頼できる情報の提供と、強力なパートナーシップを通じた健康の増進の任にあたっている。疾病の予防と管理に関する活動、環境衛生に関する活動、さらに健康増進および教育活動など、米国民の健康増進を目的とした各種活動の開発と実施において、CDCは国の中心的存在として役立っている。米国ジョージア州アトランタにあるCDCは、保健社会福祉省(Department of Health and Human Services: DHHS)の下部機関である。
*4. インフルエンザA(H3N2)ウイルス
インフルエンザウイルスは、A型、B型、C型に大きく分類される。このうち、大きな流行の原因となるのはA型とB型で、A型にはA/H1N1亜型とA/H3N2亜型の2種類がある。 A/H1N1亜型は、2009年以前は「ソ連型」と呼ばれるものが流行していたが、現在ではほとんど姿を消し、新たに2009年に発生した「インフルエンザ(H1N1)2009」がソ連型に置き換わっている。 H3N2は「香港型」と呼ばれているもので、1968年から流行している。

今回の論文のポイント

  • 米国5州のコホート試験で、インフルエンザの家庭内感染率は、COVID-19パンデミック前は20.1%、パンデミック後は50.0%と示されたことから、家庭内感染リスクは有意に上昇(〜2.3倍)したと推定されました。
  • SARS-CoV-2とインフルエンザウイルスの同時感染によって起きる影響も無視できません。例えば、いずれのウイルスもαシヌクレインを凝集することが示されていることから、パーキンソン病やその他の神経変性疾患を相加・相乗的に促進する可能性があります(図1)(現時点では推測に過ぎません)。もちろん、神経変性疾患以外の疾患に関しても注意する必要があります。

文献1
Rolfes, M.A. et al., Household Transmission of Influenza A Viruses in 2021-2022, JAMA 2023; 329(6):482-489.