2019年12月に中国湖北省の武漢で新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)による重症肺炎患者が報告されて以来、新型コロナ感染症(COVID-19)のパンデミックは何度も繰返されてきました。SARS-CoV-2の起源に関しては、武漢の市場で売られていた動物からヒトに感染したという自然感染説と武漢の研究所で誤って流出したという2つの説が有力でしたが、詳細は不明です(図1)。しかしながら、最近のニュース番組で、FBI(アメリカ連邦捜査局)のレイ長官が、SARS-CoV-2は武漢の研究所から流出した可能性が高いと述べたことから、この問題が再燃しました。これが科学雑誌で取り扱われるのはしばらく先になりそうですから、今回は、アメリカの代表的な新聞であるワシントンポスト紙に掲載された社説(文献1)を和訳して報告致します。
SARS-CoV-2の感染による重症肺炎の患者が2019年12月に中国の武漢で報告されて以来、COVID-19のパンデミックが何度も繰返されてきた。COVID-19の原因となるSARS-CoV-2の正確な起源については明らかになっておらず、物議を醸し出す議論であり続けている。これまでは、武漢の市場で売られていた動物から人間への自然感染説、及び、武漢の研究所からのウイルス流出説の2つが有力である。バイデン大統領は、この問題に関して2021年5月に政府各情報機関に調査を徹底するように命じたが、情報機関全体としてのコンセンサスは得られなかった。SARS-CoV-2の起源に関して、武漢の海鮮卸売市場で売られていた食用の動物からヒトに感染したという説が査読雑誌に掲載された影響もあり、大部分の機関は、「小程度の信頼度」ながら、動物からの自然感染説を支持した。しかしながら、自然感染説の弱点は、その根拠となるべきウイルスの中間宿主の動物が発見されなかったことであった。この点は、上院委員会の共和党員からも報告において強調され、それに加えて、武漢市内の国立武漢ウイルス研究所で同種のウイルスが取り扱われていたことから、結局、研究所からの流出説が最も考えられるという結論になった。今回、議会において、新しく担当した共和党議員により、SARS-CoV-2の起源に関する新しい捜査が始まった段階であり、以下の点に関して明らかにする必要があるだろう。
この件に関して、科学的な前線において新しい説得力のある事はあまり得られていないが、一触即発の性質を持つ問題でもあり、漸進的な発展により、大きな見出しが生み出されることになる。最も新しい政治的な進展は、最近、情報機関がバイデン大統領に提出した報告書の改訂である。概して、その評価は大きな変化は無かったが、2月26日のウォール・ストリート・ジャーナル*1 は、米エネルギー省が、以前は、研究所からの流出説に対して「中立的な」立場であったが、今回は、「小程度の信頼度」で、研究所からの偶発的な流出によりパンデミックが引き起こされた可能性が高いと判断すると報じている(図1)。また、FBIのレイ長官は、2月28日のFoxニュース*2 で、FBIは、パンデミックの原因は研究所で起きた偶発的な事故による流出だったと2021年には結論付けており、現在も「中程度の信頼度」で、その見解を維持していると伝えている(図1)。これに対して、その他の機関、及び、国家情報評議会は、「小程度の信頼度」で、動物からの自然感染説を好んでいる(図1)。
エネルギー省は大きな国の研究室を経営に関与し、量子力学や核融合エネルギーを含む科学的研究費に毎年、数十億ドルの予算を使っている。コロナの起源の分析は、今後のセキュリティーの脅威に特化した、あまり知られていない研究チームによってなされてきた。国家セキュリティーアドバイザーのサリバン氏がCNN*3 に伝えたところによれば、バイデン大統領は、国立の研究室にCOVID-19の起源に関する研究に従事するように要請した。彼は全ての手段を使って、ここで何が起きたのか探りたいようだ。エネルギー省の報道官は、研究所からの流出説に対して、COVID-19の起源に関する研究に対する大統領の方針に従い、完璧で、注意深い、客観的な情報機関のプロフェッショナルの仕事に対して支持して行くつもりであると答えている。
武漢ウイルス研究所は、コロナウイルスに関する研究の大きな研究所であり、研究所からの流出説において主要な焦点が当たっている。研究所からの流出説の多くのバージョンは、中国の研究者によるある程度の秘密を要求する。しかし、誰も気が付かないうちにウイルスが流出する偶然のシナリオもあり得る。例えば、研究員がコロナウイルスの祖先に感染した野生のコウモリを収集し、この作業に携わったうちの誰かが、うっかりして、武漢の住民に暴露させてしまったかも知れない。
研究所からの流出説の提案者は、ウイルスの感染力を増大させる、すなわち、機能獲得の実験についても指摘する。その様な研究のゴールはどの様にして病原体がより脅威になるかを理解しようとするものであり、災難を招く可能性があるという非難である。研究所からの流出説の支持者は、SARS-CoV-2のようなウイルスを作製するレシピに関して、まだ、研究費のつかない提案が関与している可能性を指摘する。武漢ウイルス研究所における最近の研究の一つは、部分的にエコヘルス・アライアンス*4 を通して国立衛生研究所(National Institutes of Health; NIH)から資金援助を受けているため、特別に精査する必要があり、NIHの役人には政治的な頭痛になっている。それを分析した科学者によれば、SARS-CoV-2を産生できたはずが無いと言うが、批評家は、この種のウイルスの操作や幾つかの他の実験は、新しいウイルスを作り出し、それらの感染性を高める、その結果、SARS-CoV-2が生み出されたのかも知れないと言う。中国の研究者は、その様な考えは推論的に過ぎない。2019年後半より以前にSARS-CoV-2、または、その前駆体のウイルスが存在した証拠はない、また、そのウイルスの研究をした事もないと言う。しかしながら、中国の役人は、国際的な調査官に協力的ではなく、ウイルスが冷凍した魚に混入して輸入された可能性やアメリカの研究努力の結果だと浮いた話を並べ立てた。
2月14日のNatureは、WHO(世界保健機構)はCOVID-19の起源に関する結論を得られぬまま、政治的な障害に対してもがきながら、これらの困難に対し、努力を棚上げしたと伝えた。しかしながら、WHOの広報担当者は3月1日のEメールで、WHOはCOVID-19の起源に関する知識を進める全ての科学的証拠を調べ続け、必要な研究を企画するように中国に、科学コミュニティに呼び掛けるつもりであると述べた。
武漢衛生緊急対応チームは、2020年1月、武漢海鮮卸売市場の検査を行った。多くの専門家はパンデミックの歴史は、動物から人への自然感染で始まったことに注目する、すなわち、研究室の助けは不要である。2002年に中国で勃発した重症急性呼吸器症候群(SARS)は、市場で売られていたジャコウネコを中間宿主としてヒトに感染したが、遺伝学的にキクガシラコウモリまで辿ることができる。武漢で起きた初期のSARS-CoV-2感染の大部分は、市場の周辺に集まっており、そこで売られて食用の肉にされた時は、ヒトに感染するのに熟した状態であると言える。実際、そこで売られている多くの動物がSARS-CoV-2に感染出来ることが知られている。
昨年の夏にサイエンス誌に掲載された2報の論文では、武漢の海鮮卸売市場が、COVID-19勃発の震源地であると述べられた。1つ目の論文は、初期感染の遺伝子解析で、2つの異なる遺伝子配列の系譜が得られることから、市場での感染者は2度起きたのではないかと議論された。もう1つの論文は、初期感染が動物を売買していた市場の周りに、地理的に、集積しており、環境中のサンプル解析においてもウイルスの痕跡が得られることは、市場がCOVID-19の震源地であることを示していると述べた。しかし、自然感染説を好む科学者も、この話にウイルスの中間宿主の動物が発見されていないことを認識している。どの動物が感染し、どこからやってきたのか同定できていない。市場は、COVID-19の勃発から、数日以内に、閉鎖、清掃され、動物は殺処分になったのである。2つの論文の共著者であるスクリプス研究所の感染病学者、Kristian Andersenは、メディアの会見で、どの動物がどこから来て、どのように結びついているのか、これから先の全ては、全くわからないと述べた。
COVID-19の起源の問題は非常に分断しており、決して、広く満足が得られる結果が得られないかも知れない。また、この問題は政治的であり、好ましい話へ解釈しようとする動機付けられた推論になりやすい。物語は、難攻不落で不明瞭さの無い証拠を生み出す新しい科学的な調査の啓示によって劇的に変わるかも知れない。例えば、研究室の内部告発により、COVID-19の勃発より以前に、研究施設にSARS-CoV-2が存在していたことがわかるかも知れない。あるいは、研究者は、商業的に売買されていた動物の組織サンプルの保管物にSARS-CoV-2の先祖を見つけたかも知れない。
その間、研究室におけるウイルスの研究が事故に繋がる危険があることが、より物議を醸すことになった。病原体の操作に伴う研究室の安全性について科学者の間でも著しい分断が進行中である。ウイルスの研究が理論的に事故やパンデミックに繋がるような操作を伴うかも知れない。進行中の研究の安全性についての懸念に対して、バイオセキュリティに対する国家諮問委員会は、病原体の使用を伴うような研究に対する監視を求める予備的な報告を発行した。それらの変更点は研究室-漏洩説に対応したのではなく、何年もの間、検討してきたものである。しかしながら、COVID-19の起源の問題に対するいかなる議論も必然的に病原体研究のリスクと利益のバランスをどうするかがつきまとう。バイオセイフティー委員会の議長であるテキサスA&M 大学のパーカー教授は、2月6日のツイッターで、我々は、将来出現するSARS2が最悪のパンデミックを引き起こすかどうか、今後100年後を超えて決定する道徳的な義務があると述べている。