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2023/3/20

コロナ禍における医師の超過死亡

文責:橋本 款
図1.

概して、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による死亡と言うと、医療機関を受診する側の患者さんばかり想定しがちですが、それに携わる、すなわち、COVID-19との闘いの最前線にいる医療従事者も、常時、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に晒されることを忘れてはなりません。医療従事者、特に、医師が死亡するということは、その結果、パンデミック下における医療逼迫の原因になり、一般市民のCOVID-19関連死の増加をもたすことに繋がるので深刻な問題です(図1)。さらに、COVID-19だけでなく他の疾患の患者さんにも影響することが懸念されます。これまでのところ、COVID-19による医師の死亡数は大きな問題になっていませんが、常に状況を把握しておく必要があります。このような状況で、スタンフォード大学のKiang博士らは、パンデミックの初期の米国における医師の超過死亡*1について解析し、「JAMA Internal Medicine」に報告しましたので、今週はこの論文(文献1)を取り上げます。


文献1.
Mathew V Kiang et al., Excess Mortality Among US Physicians During the COVID-19 Pandemic, JAMA Intern Med 2023 Feb 6.


【背景・目的】

医師のSARS-CoV-2への感染はパンデミック中の重大な問題の一つであるが、これまで、COVID-19による医師の死亡数はあまり報告されて無いので把握しておくべき必要がある。従って、これを本研究の目的とした。

【方法】

著者らは、AMA Masterfile*2における医師の死亡に関するデータを用いて統計学的解析を行った。具体的には、過去の医師の死亡件数を基に、準ポアソン回帰モデル*3により、季節性などを考慮したパンデミック中の医師の推定死亡リスクを算出し、その値と実際の死亡者数との差から、超過死亡者数を割り出した。なお、解析対象の年齢を45歳以上84歳までとした。検討対象期間中の45歳未満の医師の死亡は月5人未満と少数であったからである。

【結果】

  • 2020年3月~2021年12月に、4,511人の医師が死亡していた。これは、過去のデータから推定された死亡者数に比べて622人(95%信頼区間476~769)超過していた。10万人・年当たり43人(33~53)の超過死亡だった。性別では、男性医師が65.3%、女性医師が34.7%であり、また高齢であるほど超過死亡が多く発生していた(45~64歳は10万人・年当たり10人(3~17)、75~84歳は同182人(98~267)であった)。
  • 医師の超過死亡は2020年秋頃に減少したが、冬になると再度増加した。同年12月には10万人年当たり70人となり、ピークに達した。その後はワクチン導入とともに減少したが、2021年4月まで超過死亡が連続して観察された。なお、それ以降は、医師の超過死亡が確認された月は無かった。

【結論】

  • この研究によって、パンデミックの初期に多くの医師の命が失われたことが明らかになった。ただしそれでも一般市民で観察された超過死亡(10万人・年当たり294人(292~296))と比べた場合、医師の超過死亡は有意に少ないことも分かった。この結果は、ワクチンの優先接種や各医療機関での感染防止対策が、医師の死亡を防ぐ上で有効に機能したことを示唆している。
  • また、患者の治療に直接携わった高齢の医師は、特に死亡リスクが高かったことから、将来、同じような状況が発生した場合、医療の現場で高齢医師のリスクを軽減することを優先すべきである。
  • 一方、COVID-19で亡くなる医師の増加によって、各医療機関は医師の人員不足に直面したことが想定され、その影響を受けて患者の死亡も増えた可能性が考えられる。よって、医師の超過死亡を防ぐ対策は、一般市民の超過死亡を抑制するためにも、重要なことである。

用語の解説

*1. 超過死亡
感染症による死亡だけでなく、他疾患を含めたすべての死亡数が例年ある時期の本来想定されている死亡者数より増えることが超過死亡 (Excess mortality; EM) である。通常、熱波、寒波、伝染病、パンデミック、飢饉、戦争などの原因によって引き起こされる。
*2. American Medical Association(AMA)Masterfile
米国医師会のデータベースで、データの処理に必要な情報をまとめたファイルのこと。
*3. 準ポアソン回帰モデル
ポアソン回帰とは、確率分布にポアソン分布かつリンク関数に対数リンク関数を用いた一般化線形モデルである。確率分布には、ポアソン分布以外に、正規分布や二項分布などがあるが、ポアソン回帰では確率分布にポアソン分布を用いている。ポアソン分布とは稀にしか起こらない事柄の分布になる。説明変数は複数利用可能で、カテゴリ型や連続型が含まれていても問題なく利用出来る。ポアソン回帰/リンク関数について詳しくは成書を御覧ください。

今回の論文のポイント

  • パンデミックの初期に多くの医師の命が失われた明らかになったが、それでも一般市民で観察された超過死亡よりは少数でした。医師の超過死亡を防ぐ対策は、一般市民の超過死亡を抑制するためにも重要です。
  • 日本においては、COVID-19による超過死亡数が少ないこともあり(2022/12/13;「高齢化社会日本におけるコロナ禍超過死亡率」を参照して下さい)、筆者の調べた限り、現状では我が国の医師の超過死亡に関する報告はありません。しかしながら、今後、医師の超過死亡が問題となる様な変異株が現われる可能性があることも考慮しておく必要があります。

文献1
Mathew V Kiang et al., Excess Mortality Among US Physicians During the COVID-19 Pandemic, JAMA Intern Med 2023 Feb 6.