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2024/5/15

筋萎縮性側索硬化症の病態におけるα-シヌクレインの役割

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態において、これまで、α-シヌクレイン(αS)の凝集がTDP-43の凝集の上流に位置する可能性を示唆するような報告が多くある。
  • これに一致して、本研究では、脳脊髄液(CSF)をαSのシード増幅アッセイ*1で解析したところ、ALS患者さん由来のCSFから高い活性を観察した。
  • この結果は、メカニズムに基づいたALSの治療法を構築する上で重要かも知れない。
図1.

神経変性疾患の病理学的な特徴の一つは、言うまでもなく、アミロイドタンパク質(AP)の凝集・フィブリル形成ですが、興味深いことに、ある神経変性疾患において特異的なAPと共に、他の神経変性疾患に特異的とされる別のAPも凝集することがあります。ALSにおいては、i) インビトロ(試験管内)において、ALSなどに特異的なAPの一つのTDP-43の凝集はパーキンソン病に特異的に凝集するαSにより促進する、ii) ALSの患者さんにパーキンソニズムの症状が見られることがある、iii) ALSの剖検脳の解析でレビー小体(封入体)が観察されることがある、iv) グアムや紀伊半島には、ALSとパーキンソン認知症を複合する疾患が多発する、などの多くの結果に基づいて、ALSの病態促進にαSが関与する可能性が想定されてきました。最近のアルツハイマー病の治験における抗アミロイド免疫療法の成功を考慮すれば、TDP-43などAPの凝集は治療の標的になる可能性があり、TDP-43の凝集のメカニズムをより深く理解することは重要です。このような状況で、米国カリフォルニア・ラホヤにある神経学研究所のR. Smith博士らは、CSFをαSのシード増幅アッセイで解析したところALS患者さん由来のCSFから高い活性を観察しました。このことは、ALSにおいて、αSによるクロスシーディング*2がTDP-43の凝集促進の原因となっている可能性を示唆しており(図1)、ALSの治療に応用できるかも知れません。この結果は、Eur J Neurol.に掲載されましたので、今回はその論文を紹介いたします(文献1)。同論文は、最近のNature Review Neurology(Fyfe I, 2024)にも取り上げられ注目されています。


文献1.
Misfolded alpha-synuclein in amyotrophic lateral sclerosis: Implications for diagnosis and treatment, Smith R et al., 2024, Eur J Neurol. 2024 Apr;31(4):e16206.


【背景・目的】

イン・ビトロの実験系において、TDP-43の凝集はαSのオリゴマーやプロトフィブリルにより促進する、さらに、ALSの患者さんに振戦、筋肉の硬直などパーキンソニズムの症状が見られることがある、ALSの剖検脳の解析でレビー小体(封入体)が観察されることがある、などの結果に基づけば、ALSの病態促進にαSが関与する可能性が仮定される。この仮説に対する結論を出すのが本研究の目的である。

【方法】

この目的のために、ALSの患者さんのCSFにおけるαSのシード活性をシード増幅アッセイで解析した。サンプルは、家族性ALS、孤発性ALS、グアムALS、健常者が含まれた。

【結果】

  • 127人のALS 患者さんのうち18人のCSFでαSのシード活性が認められた。内5人はグアム由来であった。
  • 26人はC9ORF72変異*3によるALSであり、そのうち2人はSAAアッセイ陽性であった。
  • 14人のSOD タイプのALSはいずれもSAAアッセイ陰性であった。
  • 31人の健常者においてはいずれもSAAアッセイ陰性が確認された。

【結論】

以上の結果より、ALSのサブグループのCSFにおいて、プリオン様に自己複製するαSが検知されたことから、αSがALSの病態に関与していることが推定される。この知見は、ALSの診断と治療に有意義であると思われる。

用語の解説

*1.シード増幅アッセイ(Seed amplification assay: SAA)
SAA(シード増幅アッセイ/シード増幅分析)はイン・ビトロでプリオン活性によるタンパク質凝集体の形成速度を観察する手法
*2.クロスシーディング(cross-seeding)
APが線維状の凝集体を形成した際、自らの構造を鋳型として単量体タンパク質の構造変化を誘導することで、そのアミロイド構造を増幅、伝播させていく。その一方で、アミノ酸配列が異なるタンパク質どうしであっても、ある程度の特異性をもって両者が共凝集することがあり、これをクロスシーディングという。
*3.C9ORF72変異
家族性ALSの原因のうちもっとも頻度の高いものとして、C9orf72遺伝子の最初のイントロンにおけるGGGGCCからなるくり返し配列の異常な増幅が知られている。健常者におけるくり返しの回数はごくわずかだが、患者においてはくり返しの回数が非常に多くなっている、このくり返し配列の増幅によりALSが発症する機序については、遺伝子の機能の抑制、転写産物による毒性、開始コドンに非依存的な翻訳による毒性ポリペプチドの産生、などさまざまなモデルが提唱されている。

文献1
Misfolded alpha-synuclein in amyotrophic lateral sclerosis: Implications for diagnosis and treatment, Smith R et al., 2024, Eur J Neurol. 2024 Apr;31(4):e16206.