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2024/5/23

新型コロナ感染症における認知・記憶の低下に関する大規模解析

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 新型コロナ感染症(COVID-19)において、認知・記憶の低下が起きることがよく経験されてきたが(図1)、これまで、大規模な症例数を解析した例はない。
  • 本プロジェクトでは、11万人を超える成人(英国)のオンライン認知機能評価*1を行った結果、COVID-19の症状が長期間に及ばなくても、回復後に認知機能の低下が出現することを見出した。
  • COVID-19の症状が持続した参加者では、認知障害が大きかったがアルツハイマー病(AD)に発展するかどうかは経過観察が必要である(図1)。
図1.

COVID-19とADの関係は、以前から、COVID-19研究における重要なテーマの一つでした。当初は、ADの患者さんは、新型コロナウイルス(SAS-CoV-2)の感染から適切に身を守ることが困難であり、また、一旦罹患すると重症化しやすいなど、主として、AD患者さんの行動レベルに関して重点が置かれてきました(Nat Rev Neurol 2021)。最近では、炎症・蛋白凝集の促進(新型コロナウイルス・スパイク蛋白はアミロイドを形成する〈2022/9/20掲載〉)、血管内皮細胞に対する毒性による血液脳関門(BBB)の機能低下(アルツハイマー病態における血管内皮細胞の重要性〈2024/4/10掲載〉)など細胞・分子レベルの知見が報告されてきました(図1)。さらに、COVID-19の症状や後遺症の一つであるブレインフォグ*2と神経症状の関係が注目され、これが将来のAD発症に関係する可能性も指摘されています。しかしながら、現時点で、十分な症例数を解析して得られた結論ではありません。このような状況で、インペリアル・カレッジ・ロンドンのAdam Hampshire博士らは、11万人を超える成人(英国)のオンライン認知機能評価を行い、COVID-19の症状が長期間に及ばなくても、回復後に認知症状が出現することを見出しました。この結果は、N Engl J Med誌に報告されましたので(文献1)、今回は、この論文を取り上げます。この結果から、直ちに、COVID-19と今後のADの発症に関しては論ずることはできませんが、最近、ADの早期治療・診断マーカーの開発に関する研究が急速に進歩していることを考慮すれば(早期アルツハイマー病に対するLecanemab(レカネマブ)の治療効果〈2023/5/10掲載〉アルツハイマー病のバイオマーカーとしての血清β-シヌクレイン〈2023/12/26掲載〉)、COVID-19は回復後もADの危険因子としてモニターした方が良いと思われます。


文献1.
Cognition and Memory after Covid-19 in a Large Community Sample, Adam Hampshire et al., N Engl J Med 2024;390:806-818


【背景・目的】

SAS-CoV-2の感染によって引き起こされるCOVID-19においては認知機能の低下を伴うことがよく知られているが、それがどの程度続くのか、それを客観的に評価できるのかは不明である。これらを明らかにするのが、本論文における研究目的である。

【方法】

  • この目的のため、英国80万人の成人を招待して、オンラインにより8個の課題を通して全般的な認知スコアを推定することにより認知機能を評価した。
  • SAS-CoV-2感染後、症状が持続する参加者には、客観的に測定可能な全般的な認知障害があり、このような参加者、特に最近のブレインフォグ(記憶力低下、思考・集中困難など)を報告した参加者では、「遂行機能」、「記憶」に障害があると仮定した。

【結果】

  • 141,583人の参加者がオンラインによる認知機能評価を始め、そのうち、112,964人が完了した。
  • 多重回帰分析*3においては、COVID-19の症状が、4週間以内に消失、あるいは、12週間持続し、その後、消失した参加者では、COVID-19に罹患しなかった、あるいは、感染が確認されなかった参加者に比べて、認知機能評価に小さな差が認められた。
  • COVID-19の症状が持続して消滅しなかった参加者では、COVID-19に罹患しなかった参加者に比べて、認知機能障害が大きかった。
  • COVID-19の初期にSAS-CoV-2に感染した参加者では(original, B1.1.7などのサブタイプ)、COVID-19の後期(e. g. B1.1.529サブタイプ)に罹患した参加者に比べて、認知障害が大きかった。
  • COVID-19で入院した参加者では、COVID-19で入院しなかった参加者に比べて、認知機能障害が大きかった。
  • 同様の結果が、傾向スコアによるマッチング*4によっても確認された。
  • COVID-19の症状が持続して消滅しなかった参加者では、認知機能障害だけでなく、遂行機能、記憶にも障害が認められた。

【結論】

  • COVID-19の症状が、短期間で消失した参加者では、COVID-19に罹患しなかった参加者に比べて、認知機能評価に小さな差が認められた。
  • COVID-19の症状が持続した参加者では、認知障害が大きかったが、このことがADに発展するかどうかは経過観察が必要である。

用語の解説

*1.オンライン認知機能評価
健常時から認知機能をオンラインで簡単にセルフチェックすることが可能な、脳活性度定期検査。多くの会社により、検査法が開発され、提供されている。
*2.ブレインフォグ
COVID-19治癒後の認知後遺症;“脳の霧”〈2022/3/1掲載〉)参照。
*3.多重回帰分析
回帰分析のうち、説明変数が複数あるものを指す。たとえば、小売店で売上に影響する要素には、立地(駅からの距離など)、売り場面積、商品数などさまざまなものがある。こうした要素のうち、どれがどれだけ大きな影響を与えているのかを分析できるのが多重回帰分析である。
*4.傾向スコアによるマッチング(propensity-score–matching analysis)
傾向スコア・マッチングは、観察データの統計分析の分野において、治療を受けることを予測する共変量を考慮して、処置、方針、その他介入の効果を推定しようとするマッチング手法。処置を受けた人々と受けなかった人々の結果を単純に比較して治療効果を推定すると交絡変数によるバイアス(偏り)が発生する。このバイアスを軽減するための手法が傾向スコア・マッチングである。処置群とコントロール群(非処置群)の処置結果(平均処置効果など)の違いは、処置そのものではなく処置を予測する要因によって引き起こされる可能性があり、その場合はバイアスが発生する。ランダム化比較試験では、無作為割り付けによってバイアスなく処置効果を推定することができる。無作為割り付けによって、各共変量のバランスが取れることを大数の法則が保証する。残念ながら、観察研究の多くで、処置の無作為割り付けはなされていない。マッチングでは、観察された共変量が同じくらいの標本を処置群とコントロール群のそれぞれから抽出することにより、割り付けバイアスを減らして、無作為割り付けに近いものにする。

文献1
Cognition and Memory after Covid-19 in a Large Community Sample, Adam Hampshire et al., N Engl J Med 2024;390:806-818