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2024/6/5

軽度認知障害におけるアミロイド凝集物による末梢血単球の活性化

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 最近の研究は、アルツハイマー病(AD)の軽度認知障害 (MCI)*1の時期に治療介入することの重要性を示唆するが、MCIのメカニズムは、分子・細胞レベルで充分に理解されていない。
  • 本プロジェクトでは、MCIにおけるアミロイドβ(Aβ)の凝集を理解するために、患者さん脳のイメージング、抹消血液中の単球の解析、IPS細胞由来のミクログリアの解析、さらに、流体力学計算*2による血流とAβ凝集に関する理論的解析を加えた総合的なアプローチを行った。
  • その結果、Aβの凝集物はCD18を強発現する単球を付着して脳に引き込むことにより、脳内炎症を高める可能性が示唆された。
図1.

他の多くの慢性疾患と同様に、ADにおいても、早期治療の重要性が言われてきましたが、昨年よりお伝えしておりますように、抗Aβモノクローナル抗体を用いた免疫療法の臨床治験におけるポジティブな結果により(早期アルツハイマー病に対するLecanemab(レカネマブ)の治療効果〈2023/5/10掲載〉Donanemab(ドナネマブ); 早期アルツハイマー病の第III相臨床試験に成功〈2023/5/30掲載〉)、ADの初期、すなわち、MCIの時期に治療介入することが重要であると再認識されました(図1)。しかしながら、MCIは臨床経過に基づいた概念であり、これまで、主として、臨床的な見地より研究されてきました。MCIにおけるAβの凝集に関して理解することは重要です。このような状況で、デンマークAarhus 大学のKristian Juul-Madsen博士らは、MCI患者さんにおける脳のイメージングや抹消血液中の単球の解析、イン・ビトロではIPS細胞由来のミクログリアの解析、さらに、流体力学計算による理論的解析を加えて総合的にアプローチすることにより、MCIにおけるAβの凝集に抹消循環系の炎症、特に、補体受容体*3を通した単球との相互作用が重要であることを見出しました。この結果は、最近、Nature Communications誌に報告されましたので(文献1)、今回は、この論文を取り上げます。これらの知見が、MCIに焦点を当てたADの早期治療の発展に役立つことが期待されます。


文献1.
Amyloid-β aggregates activate peripheral monocytes in mild cognitive impairment., Kristian, Juul-Madsen et al., Nature Communications volume 15, Article number: 1224 (2024)


【背景・目的】

最近の研究はADの初期、すなわち、prodromal AD*4の時期における治療介入の重要性を示唆している(図1)。また、末梢循環系の炎症が神経変性疾患の進行に関与しているという報告が蓄積している。したがって、MCIにおけるAβの凝集と末梢循環系の炎症の相互作用の病理学的な役割を明らかにすることが本論文における研究目的である。

【方法】

この目的のため、MCI患者さん(n=38)脳のイメージング (11C-PiB PET、及び、18F-FTP PET*5)、抹消血液中の単球の解析、イン・ビトロではIPS細胞由来のミクログリアの解析、さらに、流体力学計算による理論的解析を加えた総合的なアプローチを行った。

【結果】

  • MCI脳の11C-PiB PETの結果は、AD脳における低レベルに相当するAβの凝集が認められた。
  • 血清中のCD18を強発現する単球は減少していた。
  • IPS細胞由来のミクログリアを解析した結果、補体受容体4 (CR4) はアミロイドに強い結合性があり、特に、Aβの凝集物は食作用を受け、リソソーム活性を増加させた。
  • KIM127*6によりミクログリアのインテグリンを活性化させると、Aβの凝集物に対する食作用はサイズ依存的に促進した。
  • 流体力学計算による解析では、Aβの凝集物は大脳皮質の血管壁に付着することが予測された。

【結論】

  • これらの結果より、Aβの凝集物はCD18を強発現する単球を付着して脳に引き込むための基質として働くのではないかと仮定した。
  • また、CR4はアミロイド恒常性の維持に関与している可能性が考えられた。

用語の解説

*1.軽度認知障害 (MCI)
軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment; MCI)は、ADによる認知症の一歩手前の状態。認知症におけるもの忘れのような記憶障害が出るものの症状はまだ軽く、正常な状態と認知症の中間と言える。
*2.流体力学計算(Hydrodynamic calculations)
流体力学計算とは、偏微分方程式の数値解法等を駆使して流体の運動に関する方程式(オイラー方程式、ナビエ-ストークス方程式、またはその派生式)をコンピュータで解くことによって流れを観察する数値解析・シミュレーション手法。数値流体力学とも呼ばれる。コンピュータの性能向上とともに飛躍的に発展し、航空機・自動車・鉄道車両・船舶・血流等の流体中を移動する機械および建築物の設計をするにあたって風洞実験に並ぶ重要な存在となっている。
*3.補体受容体 (CR)
補体系は、感染に対する防御に役立つ酵素カスケードである。抗体応答および免疫記憶の増強、異種細胞の溶解、免疫複合体およびアポトーシス細胞の除去に関与する他に様々な細胞上のCRによって媒介される免疫機能がある。例えば、
  • CR1(CD35)は、食作用を促進して免疫複合体の除去を助ける。
  • CR2(CD21)は、B細胞による抗体産生を調節するとともに、エプスタイン-バーウイルス受容体でもある。
  • CR3(CD11b/CD18)、CR4(CD11c/CD18)、およびC1q受容体は、食作用に関与する。
  • C3a、C5a、C4aは、アナフィラトキシン活性を有する;肥満細胞の脱顆粒を引き起こして、血管透過性の亢進および平滑筋の収縮をもたらす。
  • C3bは、病原性微生物を覆うことによってオプソニンとして働き、それによって食作用を増強する。
  • C3dは、B細胞による抗体産生を増強する。
  • C5aは好中球遊走因子である;好中球および単球の活性を調節し、細胞接着の増強、脱顆粒および顆粒球からの細胞内酵素の放出、毒性酸素代謝物の産生、ならびに他の細胞代謝性事象の開始を引き起こすことがある。
*4.Prodromal AD
ADの病期は、通常、発症前のPreclinical ADと明らかな認知症状を呈するAD dementia に分けられるが、その間に見られるMCIを含む症候性認知症をProdromal ADとする。
*5.11C-PiB PET and 18F-FTP PET
11C-PiBによるPET検査は患者さんの全脳におけるAβの蓄積状態を網羅的に調べ、定量的なデータを得る方法である。2002年、ポジトロン放射性アイソトープである11Cで標識したアミロイドマーカー11C-PiB(通称ピッツバーグ化合物B)が、ピッツバーグ大学のDr. MathisとDr. Klunkらにより、PET用放射性製剤として開発された。これに対して、18F-FTP PETは、Tauの蓄積状態を網羅的に調べ、定量的なデータを得る方法である。
KIM127
活性化 β2 インテグリンに対するモノクローナル抗体

文献1
Amyloid-β aggregates activate peripheral monocytes in mild cognitive impairment., Kristian, Juul-Madsen et al., Nature Communications volume 15, Article number: 1224 (2024)