前回、お伝えしましたように(新型コロナ感染症における認知・記憶の低下に関する大規模解析〈2024/5/23掲載〉)、新型コロナウイルス(SAS-CoV-2)に感染すると、急性期だけでなく、回復後の慢性期に認知機能の低下が高頻度で出現することが知られており、ブレインフォグ*2と呼ばれています。ブレインフォグは、新型コロナ感染症(COVID-19)だけでなく多くの疾患に見られ、そのメカニズムは、完全に理解されていません。したがって、ブレインフォグがADの危険因子であると結論づけることはできませんが、少なくとも、その可能性を認識し、その治療法を講じておく必要があるでしょう。ワクチンや抗ウィルス剤によるSAS-CoV-2感染の制御に加えて、先週、議論しましたように、免疫療法などによる抗アミロイド蛋白凝集や薬剤を用いた抗炎症作用の増加は重要な治療戦略になると思われますが(図1)、他にもCOVID-19における認知・記憶障害のメカニズムに基づいた特異的な治療法があるかも知れません。このような状況で、米国・イリノイ大学のTroy N. Trevino博士らは、ADやCOVID-19の病態の一つに血管内皮細胞の障害があり、その結果、血液脳関門(BBB)の機能低下(早期アルツハイマー病態における血管内皮細胞の重要性〈2024/4/10掲載〉)が、認知・記憶障害のメカニズムに関係していると考え(図1)、低下したシグナル経路を刺激することでBBBの機能を回復させ、認知障害が改善されることをマウスの実験系で示しました。結果は、Brain誌に報告されましたので(文献1)、今回は、この論文を取り上げます。正常マウスで得られたこれらの結果が、ADマウスではどうなるのか興味深いとともに、ヒトのCOVID-19に伴う認知機能障害・ADの予防治療に応用できることが期待されます。
文献1.
Engineered Wnt7a ligands rescue blood– brain barrier and cognitive deficits in a COVID-19 mouse model, Troy N. Trevino et al., Brain 2024: 147; 1636-1643
SARS-CoV-2による呼吸器感染症は全身性の炎症反応と認知障害の原因になることが知られている。本研究の目的は、SARS-CoV-2の軽度の呼吸器感染後に脳血管障害と脳炎を引き起こすメカニズムを明らかにすることである。
本研究の結果により、Wnt/β-カテニン経路のシグナル、あるいは、下流のエフェクターの活性を高めることがウイルス感染に続いて起きる認知機能の低下を回復させることが介在治療の戦略になる可能性が考えられた。