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2024/6/13

ステージIB胃がんに対する術後化学療法の有効性

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • がんの治療において、根治手術する前後に再発を防ぐ目的で化学療法やホルモン療法などの補助療法*1が行われるが(図1)、現時点では、胃がんのⅠB期に対して、補助療法としての化学療法の有効性は不明である。
  • 今回の後ろ向きコホート研究*2では、中国の複数の病院に入院・治療(手術)したステージIBの胃がんの患者さん2110人のデータを傾向スコア・マッチング(PSM)*3を行い、術後化学療法を受けた人と術後経過観察だけの人の生存を比較解析した。
  • その結果、ステージIB 胃がん全体では、術後化学療法は、術後経過観察に比べて、再発の抑制効果は見られなかったが、19-9*4の上昇、リンパ血管浸潤陽性、リンパ節陽性のサブグループ分析において有意差を認めた。
  • このことから、ステージIB 胃がんの術後化学療法は特定の高リスクグループには有効な可能性が示唆された。
図1.

近年、早期診断・早期治療の進歩により、がんの生存率は著しく進歩し、がんはもはや不治の病ではなく、がんと共存する時代になったと言われます。その反面、乳がん、膵臓がんなど、多くのがんは、高率に再発し、不幸な転帰を余儀なくされることもまた事実です。これを克服するためには、再発のメカニズムに基づいた治療法を開発する必要がありますが、まだ、十分に理解するレベルまで到達していません。そこで、根治手術する前後に再発を防ぐ目的で化学療法やホルモン療法などが手術の補助療法として行われます(図1)。胃がんは、病理検査(生検)により確定診断が行われると、内視鏡検査や腹部CT検査、腹部超音波検査などで総合的に評価することにより、がんの進み具合を「Ⅰ期(ⅠA、ⅠB)、Ⅱ期(ⅡA、ⅡB)、Ⅲ期(ⅢA、ⅢB、ⅢC)、Ⅳ期の8段階病期(ステージ)」に分類します。転移を疑わない場合(ⅠA期)には縮小手術が行われます。がんが固有筋層あるいはそれ以上の深部に達している場合は、検査でリンパ節転移がないと診断されても、転移している可能性が高率に見込まれるため、一定範囲のリンパ節を切除する定型手術を行い、補助療法を併用します。しかしながら、現時点で、胃がんのⅠB期においては、術後補助療法としての化学療法の効果が証明されてはいません。このような状況で、中国第四軍医大学のXianchun Gao博士らは、ステージIB 胃がんの術後補充療法としての化学療法の効果の有無を知るために、多施設共同観察コホート研究により解析した結果、19-9が上昇したサブグループやリンパ血管浸潤陽性やリンパ節陽性のサブグループにおいて、術後化学療法の効果が有意になることを見出しました(文献1)。これらの知見が、胃がんの術後補充療法の発展に役立つことが期待されます。


文献1.
Association of survival with adjuvant chemotherapy in patients with stage IB gastric cancer: a multicentre, observational, cohort study, Xianchun Gao et al., Lancet Reg Health West Pac , 2024:45:101031.


【背景・目的】

ステージIB 胃がんの再発は、珍しいことではないが、術後補充療法としての化学療法の効果に関しては異論がある。したがって、本論文は、多施設共同観察コホート研究によるメタ解析の結果より、この問題を明らかにすることを研究目的とする。

【方法】

この目的のため、2009~2018年に中国の8ヶ所の病院に入院して治療を継続したステージIB(TNM分類*5;T1N1M0 又は、T2N0M0)の胃がんの患者さん2110人のデータを解析し、 PSMを行うことにより、術後化学療法を受けた人と術後経過観察だけの人の生存を比較した。それに基づいて、術後化学療法による生存の延長を推定する2つの生存予測モデルが作られた。

【結果】

  • 胃がんの患者さん2110人のうち、1344人は術後化学療法を受け、766人は術後経過観察のみであった。PSM により637組のマッチしたペアが得られた。
  • マッチしたペアにおいて、術後化学療法は、術後経過観察に比べて、生存の改善は見られなかった (OS*6: hazard ratio [HR], 0.72; 95% CI, 0.52-1.00; DFS*7: HR, 0.91; 95% CI, 0.64-1.29).
  • 興味深いことに、サブグループ分析で術後化学療法の効果が有意になった。
    • 19-9が上昇したサブグループ;(HR, 0.22; 95% CI, 0.08-0.57; P = 0.001)
    • リンパ血管浸潤陽のサブグループ; (HR, 0.32; 95% CI, 0.17-0.62; P < 0.001)
    • リンパ節陽性のサブグループ;(HR, 0.17; 95% CI, 0.07-0.38; P < 0.001)
  • 生存予測モデルは主に、サブグループにおける術後化学療法の利益に関連する変数について分析では良好な較正と識別が示され、比較的高いC指数*8(術後化学療法;0.74, 術後観察;0.70)であった。
  • モデルから、術後化学療法により得られると予想される個々の生存延長効果に関する2つのノモグラム*9が構築された。

【結論】

  • 今回のコホート研究においては、ステージIB 胃がんにおいて、術後化学療法は、術後経過観察に比べて、再発の抑制効果は見られなかった。
  • しかしながら、術後化学療法の効果は、19-9の上昇、リンパ血管浸潤陽性、リンパ節陽性のサブグループ分析で有意になったことから、術後化学療法は高リスクグループには考慮すべきかも知れないと考えられた。

用語の解説

*1.補助療法 (Adjuvant therapy)
手術の補助療法のことで、化学療法やホルモン療法を用いる。根治手術する前後に再発を予防する目的で行う(ただし、アジュバント療法という場合には術後治療を指すことが多い)。
*2.後ろ向きコホート研究
後ろ向きコホート研究は縦断研究の1つで、特定の条件を満たした集団(コホート)を対象にして診療記録などから過去の出来事に関する調査を行う研究手法を指す。 すなわち、現在から過去へ後ろ向きに観察する研究である。対象となった集団の特定の「要因」と、ある病気の発症や治療経過など「複数のアウトカム」との関連について分析することができる。
*3.傾向スコア・マッチング(propensity score matching、PSM)
PSMは、観察データの統計分析の分野において、治療を受けることを予測する共変量を考慮して、処置 、方針、その他介入の効果を推定しようとするマッチング手法。処置を受けた人々と受けなかった人々の結果を単純に比較して治療効果を推定すると交絡変数によるバイアス(偏り)が発生する。このバイアスを軽減するための手法が傾向スコア・マッチングであり、1983年ポール・ローゼンバウムとドナルド・ルービンが発表した。
*4.19-9
マウスモノクローナル抗体NS19-9で認識されるシアリルLea抗原(糖鎖抗原)のこと。腫瘍マーカーの一つ。ヒト結腸がん細胞株SW1116をマウスに免疫して(マウスモノクローナル抗体)NS19-9を作成し、このNS19-9で認識される細胞膜糖脂質由来の糖鎖は、Lewisaの糖鎖のN端にシアル酸が結合したモノシアロガングリオシド ( Monosialoganglioside) であることも1982年に解明された。このシアリルLeaの糖鎖抗原がCA19-9である。
*5.TNM分類
TNM分類 悪性腫瘍は無秩序に広がり周囲組織に浸潤する。そのためその広がり方が、予後や治療方針に大きく影響する。そこでその進行度示す指標としてTNM分類が用いられる。原発腫瘍の拡がりをTの序列コードで、所属リンパ節転移の有無と拡がりをNの序列コードで、さらに、遠隔転移の有無をMの1又は0で記述し、それによって病期分類が為される。腫瘍の部位ごとに設定され、原発腫瘍の大きさ(T)、所属リンパ節転移(N)、遠隔転移(M)の三要素で病期を決定するものである。判定にあたり、視診・触診に加えて画像診断の利用も記載されている。
*6.OS
OS(Overall Survival;全生存期間)
全生存期間とは、臨床試験において治療法の割り付け開始日もしくは治療開始日から患者さんが生存した期間のことを示す。 英語ではOverall Survivalといい、略してOSという。
*7.DFS(Disease-Free Survival;無病生存期間)
無病生存期間とは、治療後、再発や他の病気がなく患者さんが生存している期間をいう。 健存率(健康のまま生活している割合)にやや近い尺度である。
*8.C指数 (Concordance index; C-index)
ある予後の発祥に関して、予測モデルが正しく判別する能力を測る指標として用いられる。 C-index は 0 から 1 までの値を取り、C-index =1であれば完全に予測が一致する事を示し、C-index = 0.5 の場合には、モデルが予後の予測に適合していないと判断できる。
*9.ノモグラム(Nomogram)
ノモグラムは 19 世紀に開発されたグラフで、グラフィカルな計算のための道具であり、ある関数の計算をグラフィカルに行うために設計された二次元の図表である。電卓やコンピューターのない時代に、複雑な計算を簡単かつ能率的に計算するのに用いられた。このノモグラムは今日でも医療分野を中心に用いられており、前立腺癌をはじめとした様々ながん種において、患者さんの予後を予測するために応用されている。この他に、がん患者さんの予後を予測するために広く用いられているものとして、がんのステージ分類があるが、ノモグラムのなかには従来のステージ分類を上回る予測性能を有するものも報告されている。

文献1
Association of survival with adjuvant chemotherapy in patients with stage IB gastric cancer: a multicentre, observational, cohort study, Xianchun Gao et al., Lancet Reg Health West Pac , 2024:45:101031.