新型コロナウイルスや医学・生命科学全般に関する最新情報

  • HOME
  • 世界各国で行われている研究の紹介

世界で行われている研究紹介 教えてざわこ先生!教えてざわこ先生!


※世界各国で行われている研究成果をご紹介しています。研究成果に対する評価や意見は執筆者の意見です。

一般向け 研究者向け

2024/6/18

がん治療におけるHsp90阻害剤による免疫療法の増強効果

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 分子シャペロン*1の一種であるヒートショックプロテイン90(Hsp90)のクライアントには細胞周期・細胞死や細胞の生存・癌化に関わる機能タンパク質が多く含まれることから、Hsp90を阻害してこれらクライアントタンパク質の機能をさせることが、がん細胞に対する抗腫瘍活性になると思われます。
  • このような考えに基づいて、Hsp90阻害薬*2の開発が進んでいますが、Hsp90阻害薬によるがん治療の戦略として興味深いのは、他の治療法との併用です。
  • 本論文では、細胞膜上のMHCクラスI分子、インターフェロンγ受容体、プログラム細胞死リガンド1などの免疫受容体*3の発現が増加することから、Hsp90阻害剤がチェックポイント阻害剤などの免疫療法*4と組み合わせれば治療効果が増強する可能性が示唆されました。
図1.

がん治療は外科手術、抗がん剤(化学療法)、ホルモン療法、放射線照射、分子標的治療*5、免疫療法など、多くの治療が実施されて来ましたが、現状では、決して満足のいくものでなく、さらに効果的な治療法の開発が望まれています。近年、分子シャペロンの一種であるヒートショックプロテイン90(Hsp90)がん細胞および腫瘍組織に多く発現し、活性の高い状態で存在し、Hsp90のクライアントタンパク質には細胞周期・細胞死や細胞の生存・癌化に関わる機能タンパク質が多く含まれることから、がんの生存・維持に重要であると考えられています。Hsp90阻害によってこれらクライアントタンパク質の機能を阻害することによって種々のがん細胞に対して抗腫瘍活性を示すことから、Hsp90阻害薬の臨床応用はGeldanamycin 誘導体で先行して実施されてきましたが、それらとは全く異なる骨格を持つ新規Hsp90阻害薬の開発も進んでいます。Hsp90阻害薬によるがん治療の戦略として興味深いのは、他の治療法との併用です。これに関連して、カナダAlberta大学のMadison Wickenberg博士らは、Hsp90阻害剤をがん細胞の培養中へ添加すると、細胞膜上のMHCクラスI分子(MHC1)、インターフェロンγ受容体 (IFNGR)、プログラム細胞死リガンド1 (PD-L1)などの所謂、免疫受容体の発現が増加することから、Hsp90阻害剤がチェックポイント阻害剤などの免疫療法と組み合わせれば治療効果が増強される可能性があると提唱しました(図1)。この結果は、最近、Front. Mol. Biosci. 誌に報告されましたので(文献1)、今回は、この論文を取り上げます。Hsp90阻害剤と免疫チェックポイント阻害薬の併用に焦点を当てたこれらの知見が、がん治療の発展に役立つかも知れません。


文献1.
Hsp90 inhibition leads to an increase in surface expression of multiple immunological receptors in cancer cells, Madison Wickenberg et al., Front. Mol. Biosci. , 2024, 11. 1334876


【背景・目的】

興味深いことにHsp90阻害は、細胞膜上のMHCの発現を増加させる。もし、Hsp90阻害剤がIFNGRなど、他の免疫受容体の発現も増加させるなら、チェックポイント阻害剤などの免疫療法による治療を増強させる可能性がある。このような仮説を明らかにすることが本論文における研究目的である。

【方法・結果】

  • 細胞質のHsp90に対する特異的な阻害剤(2種類);SNX-2112 及び、TAS-116、Hsp90全般に対する非特異的な阻害剤(2種類): NVP-AUY92 及び、XL888、のいずれも各種がん細胞;C8161(メラノーマ)、HCT-116(直腸がん)、MDA-MB-231(乳がん)、においてMHC1の発現レベルを増加させた。
  • 同様に、Hsp90阻害剤(全ての種類)で他の免疫受容体であるIFNGR(インターフェロンγ受容体)の発現レベルを増加させた。Hsp90はIFN-γの活性を抑制することが知られていることから、Hsp90阻害剤は、IFN-γ-IFNGR経路を刺激することにより、抗腫瘍効果を呈すると考えられた。
  • Hsp90阻害剤は他の受容体膜蛋白であるPD-L1の発現レベルも増加させた。PD-L1は免疫チェックポイント分子であり、PD-L1の発現が促進すると、がん細胞の免疫回避につながる可能性があるが、抗PD-1抗体(チェックポイント阻害剤)の併用が有効である理由にもなると思われた。

【結論】

これらの結果より、Hsp90阻害剤がチェックポイント阻害剤などの免疫療法による治療を増強させる可能性があると考えられた。

用語の解説

*1.シャペロン(Chaperone)
シャペロンとは、他のタンパク質分子が正しい折りたたみ(フォールディング)をして機能を獲得するのを助けるタンパク質の総称である。分子シャペロン(Molecular chaperone)、タンパク質シャペロンともいう。シャペロンとは元来、西洋の貴族社会において、若い女性が社交界にデビューする際に付き添う年上の女性を意味し、タンパク質が正常な構造・機能を獲得するのをデビューになぞらえた命名である。本論文に関係するHsp90は損傷したタンパク質をフォールディングする分子シャペロン機能を持つタンパク質として同定された。また、Hsp90はステロイドレセプターの活性化、タンパク質の細胞内輸送、シグナル伝達系に属するキナーゼとの関連性が示唆されるなど、細胞の恒常性の維持に重要な役割を担っている。
*2.Hsp90阻害剤
Hsp90は、がんの増殖・生存に関わる多くの “クライアントタンパク質” の機能維持に必須であり、Hsp90阻害によってこれらクライアントタンパク質の機能をマルチに阻害することによって種々のがん細胞に対して抗腫瘍活性を示す。Hsp90阻害薬の臨床応用はGeldanamycin 誘導体で先行して実施されてきたが,それらとは全く異なる骨格を持つ新規 Hsp90 阻害薬がいくつか創製され、臨床試験が進んでいる。2022年6月20日、抗悪性腫瘍薬のピミテスピブ(商品名ジェセリ錠)の製造販売が承認された。 適応は「がん化学療法後に増悪した消化管間質腫瘍」、用法用量は「成人に1日1回160mgを空腹時に投与する。本剤は、既治療のGIST(消化管間質腫瘍)患者を対象に、プラセボと有効性および安全性を比較した第Ⅲ相臨床試験(CHAPTER-GIST-301試験)の結果に基づき、「がん化学療法後に増悪した消化管間質腫瘍」の効能・効果で6月に製造販売承認を取得した。
*3.免疫受容体 (Immune receptor)
免疫細胞の細胞膜、細胞質または核内にあるたんぱく質で、特異的な物質(リガンド)と結合して免疫反応を開始させる。免疫受容体は多数あるが、本論文では、MHCクラスI分子 (MHC1: Major Histocompatibility Complex 1)、インターフェロンγ受容体(IFNGR: Interferon-gamma receptor)、プログラム細胞死リガンド1 (PD-L1: Programmed cell Death ligand 1)を扱う。。
*4.チェックポイント阻害剤などの免疫療法
人間には生来、がん(悪性腫瘍)となった自己の細胞を異物として排除するがん免疫監視機構を備えている。この作用はがん化した細胞以外も攻撃する可能性があるので、正常な細胞は攻撃を抑制するための抗原を提示している(免疫チェックポイント)。しかしがん細胞もまた攻撃を抑制するために同様の抗原を提示することでがん免疫監視機構の抑制を逃れている。免疫チェックポイント阻害剤は、このがん細胞が提示する抗原提示に対して免疫抑制をマスクするように設計されたモノクローナル抗体製剤の一種である。免疫抑制が阻害されることによって、CD4+T細胞が強力にがんを排除する。また、免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞によって抑えられていた免疫細胞を再び活性化させるため、免疫が働きすぎることにより、呼吸器症状、消化器症状、皮膚症状など副作用が現れる可能性があり、「免疫関連有害事象」と呼ばれている。
*5.T分子標的治療
分子標的治療とは、「がん遺伝子により産生されるタンパク質」を標的として、その働きを抑える、あるいは、「がん周囲の環境を整える因子」を標的にして、がん細胞が増殖しにくい環境を整える治療法である。がんの発生や進行に直接的な役割を果たす遺伝子を「ドライバー遺伝子」と呼ぶが、ドライバー遺伝子に変異があるがんでは、ドライバー遺伝子を標的とした薬(分子的治療薬)が有効である。近年、開発が盛んに行われており、国内において使用可能な薬剤が増えてきている。例えば、小細胞肺がんに対する分子標的治療薬として、EGFR、ALK、ROS1 BRAF、 NTRK、MEK阻害薬、血管新生阻害薬がある。これら分子標的治療薬が適応となるのは、がん細胞におけるEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子変異などのドライバー遺伝子変異があるときに限られる(血管新生阻害薬を除く)。そのため、病変を生検したり、がん細胞が存在する胸水などを採取したりして、遺伝子検査に提出することが重要である。

文献1
Hsp90 inhibition leads to an increase in surface expression of multiple immunological receptors in cancer cells, Madison Wickenberg et al., Front. Mol. Biosci. , 2024, 11. 1334876