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2024/7/2

抗がん剤によるアルツハイマー病の治療

文責:橋本 款

今回の論文のポイント

  • 昨年、アルツハイマー病(AD)の臨床治験において、アミロイドβの凝集が治療標的として有効であることが示されたが*1、治療効率は低く、現状では改善点も多い。したがって、他の病態メカニズムも治療標的として追求する必要がある。
  • 抗がん剤の再利用による治療は、新薬開発にかかる費用・時間を節約するだけでなく、蛋白凝集以外の病態メカニズムを標的にしたマルチターゲット戦略*2を取るのに有効であり、実際、いくつかの抗がん剤に関して、ADの第II~III相臨床治験が進行中である。
図1.

昨年来、お伝えしておりますように、ADの臨床治験において、抗アミロイドβ (Aβ)モノクローナル抗体を用いた免疫療法の有効性が示されました。したがって、当面の間、ADの治療研究は免疫療法を中心に進むと思われますが、ADの初期に治療介入しなければ、治療効果は有意に認められないこと、さらにARIA*3などの副作用があること、治療費が高額である事など、現状では改善すべき点が多くあります。実際、いくつかのプロジェクトが並行して進んでいますが、そのうちの一つが、前回取り上げましたように、抗がん剤の再利用による治療です(抗がん剤の再利用による筋萎縮性側索硬化症の治療〈2024/6/25掲載〉)(図1)。既存薬の再利用においては、新薬の開発にかかる費用と時間を節約できる大きな利点がありますが、さらに、ADの場合、これまでの臨床治験の結果に基づけば、Aβの凝集を治療標的にするだけでは治療効率が高くならない可能性があるので、蛋白凝集以外の病態も標的にしたマルチターゲット戦略を併用する必要があるかも知れません。この目的のためには、これまで開発されている多種多様な抗がん剤はマルチターゲット戦略に都合が良いと考えられます。このように、抗がん剤によるADの治療の可能性を理解することは重要です。今回は、韓国脳研究所 (Korean Brain Research Institute) のHyun-Ju Lee博士らによる総説論文が、Int J Biol Macromol誌に掲載されていますので(文献1)、この論文の要点を説明いたします。


文献1.
Developing theragnostics for Alzheimer's disease: Insights from cancer treatment, Hyun-Ju Lee et al., Int J Biol Macromol , 2024 Jun;269(Pt 2):131925.


【がんとADの病態の共通性】

これまで蓄積した知見によれば、興味深いことに、がんとADの病態の間で、細胞周期の異常調節、血管新生、ミトコンドリアの機能不全、タンパク分子のミスフォールディングDNAの損傷など、いくつかの生理学的、病理学的特徴の共通性が見られる。したがって、抗がん剤によるADに対する治療の可能性が考えられる。

【抗がん剤によるADの治療】

がん治療に用いられる薬剤の作用機序は、多様化しており、複雑で多様ながんの性質を反映している。これらの薬剤は、一つのがんのみならず、しばしば、他の病気にも効果的である。ADの治療には、蛋白凝集以外にも神経炎症、インスリン抵抗性、タウの凝集などの病態を標的にしたマルチターゲット戦略を併用する必要性がある。この目的のためには、抗がん剤の再利用が有効かも知れない。

【臨床治験】

実際、抗がん剤の再利用によるADの治療に関する臨床治験が進行中である。例を挙げると

  • Dasatinib (チロシンキナーゼ阻害剤)とQuercetin*4:のコンビネーション、 第2相試験中。
  • Lenalidomide; レブラミドは免疫調節薬*5のひとつで、多発性骨髄腫、5番染色体長腕部欠損を伴う骨髄異形成症候群、成人T細胞白血病リンパ腫ならびに濾胞性リンパ腫、辺縁帯リンパ腫の経口治療薬である。第2相試験中。
  • Daratumumab; CD38*6に対するモノクローナル抗体でBBBを通過する。第2相試験中。
  • Nilotinib, Masitinib; チロシンキナーゼ阻害剤 第3相試験中。
  • その他Iburutini, Abemaciclib, Regorafenib, Axitinib, Sunitinib, Neratinib, Binimetinib; ADモデルマウス。

【結論】

これらのことから、抗がん剤とその分子標的に基づいてADのセラグノスティクス*7へと発展する可能性が考えられた。

用語の解説

*1.ADの臨床治験における抗Aβモノクローナル抗体を用いた免疫療法の有効性
早期アルツハイマー病に対するLecanemab(レカネマブ)の治療効果〈2023/5/10掲載〉)、(Donanemab(ドナネマブ); 早期アルツハイマー病の第III相臨床試験に成功〈2023/5/30掲載〉)を参照。
*2.マルチターゲット戦略 (Multitargets strategy)
多層(的な)戦略。例えば、ADの場合、炎症の抑制、インスリン抵抗の改善、タウ蛋白凝集の抑制などいくつかの病態を改善することが考えられる。
*3.アミロイド関連画像異常 (Amyloid-related imaging abnormalities; ARIA)
アルツハイマー病患者の神経画像に見られる異常な差異のことであり、アミロイド修飾療法、特にアデュカヌマブなどのヒトモノクローナル抗体に関連している。ARIAには、ARIA-EとARIA-Hの2種類がある。ARIA-Eは、血液脳関門の緊密な内皮接合部の破壊とそれに続く体液の蓄積を伴う脳浮腫を指す。ARIA-Hとは、脳微小出血 (mH) と呼ばれる脳上の小さな出血のことで、しばしば血鉄症を伴うことがある。
*4.Quercetin(クェルセチン)
フラボノイドの一種でフラボノールを骨格に持つ物質。 配糖体(ルチン、クエルシトリンなど)または遊離した形で柑橘類、タマネギやソバをはじめ多くの植物に含まれる。 黄色い色素で、古くから染料としても用いられてきた。 抗酸化作用、抗炎症作用、抗動脈硬化作用、脳血管疾患の予防、抗腫瘍効果、降圧作用、強い血管弛緩作用、が報告されている。
*5.免疫調節薬(IMiDs)
免疫調節薬は新しいタイプの抗がん剤であり、多発性骨髄腫や一部の白血病などに極めて優れた改善効果を示す。これらの薬剤は研究代表者が以前に発見したユビキチンリガーゼであるセレブロン(Cereblon)を標的とし、疾患原因タンパク質の分解誘導を促すことで作用することが判明している。
*6.CD38(cluster of differentiation 38)
CD38は、CD4+細胞、CD8+細胞、B細胞、NK細胞など多くの免疫細胞(白血球)の表面に存在する糖タンパク質である。cyclic ADP-ribose hydrolase 1としても知られる。細胞接着、シグナル伝達、カルシウムシグナリングにも機能する。
*7.セラグノスティクス(Theragnostics)
Theragnosticsとは、治療(Therapeutics)と診断(Diagnostics)を一体化した新しい医療技術をさす。「診断」と「治療」を一体化するために欠かせないのは、「分子レベルで病巣を特定する」ことであり、その病態をことであり、その病態を「定量的に認識・分析できる」ことである。Thranostics(セラノスティクス)と表記されることもある。

文献1
Developing theragnostics for Alzheimer's disease: Insights from cancer treatment, Hyun-Ju Lee et al., Int J Biol Macromol , 2024 Jun;269(Pt 2):131925.